大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

長月の熱田さんで、深々と頭を下げながら。

まだ残暑がバリバリに厳しい長月のはじめ、熱田さんに参拝することができました。

それにしても9月だというのに、なんなんでしょうね、この暑さ。

さすがに朝晩は少し気温は下がってきましたが、まだまだ日中は暑く。

気温が高いのもそうなのですが、まるで6月に戻ったかのような蒸し暑さがあります。

車を停めて降りると、むわっとした蒸し暑さを感じます。

いつもの、南門から。

この日は、参拝客もそれほど多くなく、静かな参道でした。

それにしても、蒸し暑い。

少し歩いただけで、汗が吹き出てきます。

もう9月なんだけどなぁ…と思いながら、玉砂利の音に耳を傾けます。

いつもの上知我麻神社に参拝を。

参拝しているときにふと、そういえば、さいきんちゃんと頭を下げていないな、と感じたのです。

ちゃんと、ということも変なのですが、「丁寧に」という表現の方が、近いでしょうか。

毎朝のお散歩コースで近所の神社に参拝するときも、流れ作業のように頭を下げていたような気がしたのです。

こういうのって、一事が万事、なんでしょうね。おそらく。

参拝での所作だけが、おざなりになっているわけもなく、いろんな所作が、丁寧ではなくなっていたのかもしれません。

そんなことを思い、上知我麻神社で深々と頭を下げてみました。

「神は細部に宿る」

よく言われることです。

日常の、ほんの小さな所作に、自分自身の「いま」があらわれる。

そのほんの小さな所作を、周りの人が見る。

そこで、なにかを感じる。

そう考えていくと、日常の所作、ふるまい、おこないを、もう少し見直してみようかと思うのです。

日々体調も、心の状態も変わるのが、私たち人間ですから。

気づかないうちに、少しずつ、少しずつずれていってしまうことも、あるのでしょう。

 

そういった意味では。

定期的に、同じことを繰り返すというのは、よくも悪くも、その変化がわかりやすいのかもしれません。

こうして、定期的に参拝することで、見えてくるものもあるのでしょう。

なにはともあれ、一つ一つの所作を、丁寧に。

汗をふきふき。

そんなことを想う、長月の熱田さんでした。