大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

問題をつくっているのは、誰なんだろうか?

そもそも、この問題をつくっているのは、誰なんだろうか?

問題の渦中にいると忘れがちなこの視点は、主体性を自分に取り戻してくれます。

1.癒されると、問題が気にならなくなる

先日の記事では、癒されるから問題が気にならなくなる、というテーマでお伝えしました。

問題を解決するから癒されるのではなく、癒されるから問題が気にならなくなる。 - 大嵜直人のブログ

「癒し」がテーマですね。

私たちは、何か問題が起こると、その問題を解決することが癒しにつながると考えがちです。

逆に言えば、その問題を解決したり、自分の思い通りの形にならないと、自分の心は癒されないととらえてしまうわけです。

それは、そうですよね。

たとえば、パートナーシップで何か問題があれば、相手との関係が望んだようにならないと、癒し、というか心の平穏は訪れない、と。

けれども、心の世界を覗いていくと、そうとも言い切れない、というのが昨日のテーマでした。

むしろその逆に、癒されるから、問題が気にならなくなる、というのが真実に近いのでしょう。

自分の周りの状況としては、何も変わっていなくても、問題が問題でなくなることって、あるんです。

先日のテーマは、そんな癒しと問題解決の関係、順番についてお伝えしました。

2.そもそも、問題をつくっているのは…?

癒されるから、問題が問題でなくなる。

この見方の根底にあるのは、「そもそも、問題をつくっているのは、誰なんだろう?」という視点です。

これ、問題の渦中にいるときは、なかなか見えづらいものです。

悪いのは、旦那であり、上司であり、親であり、あのできごとであり、社会であり…

そんな見方をしてしまうのが、当たり前だと思います。

けれども、問題を問題としているのは、当の本人なんですよね。

中日ドラゴンズが3年連続の最下位なのを問題にするのは、その人自身です。

というか、私です笑

そんなことを知ったところで、気にもしない人が大半です。

「起こっていることは、ニュートラル」と、よく言われます。

できごとは、常にただ起こっているのであり、そこに色付けをしているのは自分自身です。

同じ結果が出ても、「なにやってんだ!」と怒りを感じる人もいれば、「よくがんばった」とねぎらいの対象になる人もいます。

問題をつくっているのは、自分自身である。

どうしても認めたくないし、つい忘れてしまう視点ですけれどね。

3.自分でつくったものなら、自分で何とかできるはず

そして問題が、自分がつくったものならば、自分でなんとかできるはずです。

それを問題だと思うのが自分であるならば、それを問題にしないのもまた、自分自身だからです。

先ほどと同じですが、そのできごとにどんな色を付けるのかは、私たち自身ですから。

冒頭に書いた「癒し」とは、その色付けのしかた、見方が変わることを指します。

「3年連続の最下位」で傷ついたり、怒ったりするのも、自分です。

同じできごとに、「今年も負けたかぁ…それでも、好きなんだよなぁ」と笑うのも、「来年、ぜひがんばってほしい!また全力で応援するから」ととらえるのも自分自身です。

どちらを選ぶのかは、自分自身に委ねられています。

もちろん、どちらが正しいというわけでもありません。

傷つくことも時には必要でしょうし、それもまた癒しへのプロセスの一部でしかありません。

どちらでも、大丈夫。

そして、どちらでも選べる。

そうとらえることができたとき、主体性は私たちの手に戻っているのです。

今日は、問題をつくっているのは、誰なんだろうか?、というテーマでお伝えしました。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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