「正しさ」にこだわると、人間関係を損なってしまうことがあります。
では、「正しさ」を手放すためには、どうしたらいいかを考えてみます。
1.「正しさ」が想像することを阻んでしまう
昨日の記事では、「正しさ」が想像することを阻んでしまう、というテーマでお伝えしました。
カウンセリングでも、中心的なテーマになることの多いのが「許し」です。
ここでの「許し」とは、相手やできごとを100%主体的にとらえ、被害者のポジションを手放してくことを指します。
そのためにカギになるのが、「感情的理解」です。
これは、相手の言動や起こったできごとを、正誤善悪で判断するのではなく、相手の置かれている立場や、そこで抱いている心境といったものをベースに理解を寄せる、という心のはたらきです。
「あぁ、それだけいっぱいいっぱいだったら、そんなことを言うのも分からないでもないかな」
「まあ、同じ状況に置かれたら、自分も同じことをしていたかもしれないな」
といった具合に、感情的に理解を寄せること。
こうした「感情的理解」は、「許し」へのプロセスに欠かせないものです。
そして、この「感情的理解」には、相手の立場や感情、心情を自分なりに想像してみることが大切になります。
けれども、その想像力を奪ってしまうのが、「正しさ」であるというのが、昨日のテーマでした。
「いや、それでも彼の言動はどうかと思う」
「あの人のしたことは、人として間違っている」
そうした「正しさ」による判断をしたとたんに、想像力の翼は失われ、「許し」への道は途絶えてしまいます。
「正しさ」にこだわり過ぎると、人間関係を損なうことがあるのです。
2.「正しさ」が要らないわけじゃない
昨日もお書きしましたが、「正しさ」がいらないとか、そういうわけではありません。
「正しさ」は、人間社会においての秩序を保つのに大切なものですし、それがまったく要らないとなったら、私たちは混乱と混沌のなかに放り出されてしまうのでしょう。
イメージとしては、「正しさ」という基準を捨ててしまうのではなく、その基準をいったん脇に置いて、相手と接するといったイメージでしょうか。
「正しさ」が要らないわけじゃないんです。
「正しさ」が悪いわけでも、ないんです。
これが、「正しさ」を手放そうとするときに、大切な感覚です。
ただ、「正しさ」とは違う視点で、相手やできごとを見ることが必要なことがある。
それだけなんですよね。
そして、相手がその「正しさ」から外れた言動をしているとしたら。
なぜ、相手がそうせざるを得なかったかを考えるのが、「感情的理解」、そして「許し」に至る道なのでしょう。
3.「正しさ」にこだわる自分を理解する
これは、「正しさ」を手放すというプロセスにおいても、大切な視点です。
「正しさなんて、要らない」
そうやって否定するほどに、「正しさ」にこだわってしまうのは、なんとなく想像できるのではないでしょうか。
ほら、あるじゃないですか、失恋の痛手を早く忘れようとするほどに、むしろ執着が強くなってしまったり。
何かを否定すると、どうしてもそこに意識が向きます。
そうすると、執着する方向に行きますから、手放しとはまったく逆になってしまうんですよね。
「正しさ」においても、同じです。
「正しさ」を否定するのではなく、それにこだわってしまう自分を、まずは受容すること。
「そうだよねぇ、私が正しいと思うもの、当たり前だよね」と。
まずは、それが一番大切なことです。
その上で、なぜそんなにも「正しさ」にこだわってしまうのかについて、想像してみることです。
自分が正しくいたいのは、なぜなのか。
相手を間違っていることにしたいのは、どうしてだろう。
それを想像してみることが、手放しにつながっていくのです。

今日は、「正しさ」を手放すには、なぜ自分がそれにこだわってしまうのかを考えてみること、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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