自分の価値や才能がある部分ほど、自分に求める水準も高くなります。
厳しくダメ出しをして自己否定をしてしまうのは、そこに自分の才能があるからです。
1.誰かに嫉妬してしまうとき
昨日は、嫉妬してしまうときは、自分の価値を受けとれていないとき、というテーマでお伝えしました。
相手に嫉妬してしまうときは、自分自身の価値を受けとれていないとき。 - 大嵜直人のブログ
自分の価値を知る、そしてそれを受けとる、というお話の流れからでした。
「嫉妬」とはイヤな感情ですが、自分の価値を知るという意味では、非常に重要なものです。
「嫉妬している」と認めることも一苦労ですが、そこと向き合った先には、大きな恩恵があるんですよね。
まずは、「嫉妬している」と認めること。
それができたら、「相手のどんな点に嫉妬しているのだろう?」と考えてみることです。
私たちは、自分のなかに無いものを、見ることはできません。
「あの人は気遣いができる人」と評価できるのは、「気遣い」を知っている人であり、それができるからこそ、評価できるんですよね。
そもそも、「気遣い」に気づかない人もいるわけですから。
嫉妬という感情を通じて、相手に見ているものも同じです。
相手が持っていて、うらやましいなと思う部分。
それは、必ず自分のなかにもあるんです。
ただ、自己否定だったり、無価値感だったり、罪悪感だったり…いろんな要因から、その価値を受けとることを阻んでしまうのです。
それを癒していくことができると、自分の価値を受けとりやすくなり、また嫉妬という感情に悩まされることも減っていきます。
2.厳しく見てしまうのは、才能がある部分だから
今日はそのお話の続きで、自分に価値や才能がある部分ほど、受けとるのが難しい理由を、もう少し掘り下げてみたいと思います。
自分自身が、価値や才能を持っている部分。
そういった部分は、必ず自己評価が辛くなります。
それゆえに、受けとるのが難しいんですよね。
たとえば、運動不足の人がいて、今日から俺は!とばかりに一念発起して、朝のランニングを3キロ走ったとします。
「うわー、すごいね!よくがんばったね」と思いますよね。
けれど、箱根駅伝に出場が決まっているチームの選手だったら、どうでしょうか。
「いや、3キロ走るのは準備運動に過ぎないけど、それがどうしたの?」
となりますよね。
「できていない」と自分自身を責めてしまう部分って、この「運動不足⇔箱根駅伝」の罠にハマっている可能性があるのです。
(もちろん、すべてがそうではないでしょうけれども)
ただ、自分に対して厳しくダメ出しをしてしまう部分があるのなら、それだけ自分に高いものを要求しているわけであるのは、間違いないところなのでしょう。
3.できると思っているから、要求している
そして付け加えるなら、自分に高い要求をしているということは、自分にはできる、と心の奥底では信じているんです。
だって、できると思わなければ、期待もしないわけですから。
誰でも、ハイハイし始めた赤ちゃんに、「よーし、複式簿記を理解できるはず!」と期待はしませんよね笑
自分が高い要求をするということは、自分がそれをできると知っているからです。
おもしろいですよね、人の心って。
表面上は、「なんで自分はこんなにできないんだろう…」と自分を責めていても、その奥底では、「自分にはできるはず」と自分を信じているんですから。
ある意味で、できないことの自己否定と、自分の価値を信じることは、表裏一体です。
だから、「できない」と自己否定をする自分を、責めなくてもいいんです。
ややこしいですが笑
自分にはできる、と分かっているのですから。
そうはいっても、自己否定をしているとしんどいものですから、まずは自分を認めてあげることも大切なのでしょう。
ハードルが高いだけで、結構なところまで、跳べているのかもしれませんから。

今日は、厳しくダメ出しをしてしまうのは、自分の才能がある部分だから、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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