大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

手放すときの「怖れ」の大きさは、愛の大きさゆえに。

執着を手放していくプロセスのなかでは、「怖れ」が出てくるものです。その「怖れ」の大きさは、愛の大きさと比例しているものです。

自分の欲と愛と、どちらを選ぶのか。

執着していると、どうしても自分の欲を相手にぶつけたくなります。しかし、真に相手の幸せを願うならば、自分は何をできるかは、考えてみる価値があります。

温風至(あつかぜいたる)、梅雨の時期に雨を想うこと。

今年は、梅雨らしい雨ばかりの日が続いたようです。空梅雨というか、あまり雨が降らない年が続いたように思いますが、どうなんでしょうか。

離れていても、相手を想うことはできる。

執着していると、どうしても自分の欲から一緒にいたいと思うものです。しかし、たとえ離れていたとしても、相手を想うことはできるし、相手の幸せを願うことはできるのです。

「手放し」とは、「離れる」とは異なる。

執着は手放しましょう、と言われます。「手放し」とは距離を空けることをいいますが、それは単に「離れる」こととは異なります。

コントロールしようとするほどに、相手の心は離れてしまう。

コントロールしようとするほどに、相手の心は離れていってしまいます。しかし、そうした欲やエゴ、執着といったものを手放していくことができると、新しく深い関係性を築いていくことができます。

相手が変わることを期待する苦しさ。

相手が変わることを期待していると、自分が苦しくなります。自分のために、相手のために、そうした期待は手放していくことが大切になります。