大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

「問題」が起こるプロセスと、それが教えてくれるもの。

私たちは生きる中で、さまざまな「問題」に出会います。その対処法や解決策が気になるものですが、少し大きな視点で、「問題」が起こるプロセスと、その意味について考えてみます。

「歩く」という行為の不思議さと、引き寄せについて。

類は友を呼ぶではないですが、好きなことをしていると、同じ波長の人が引き寄せられるようです。やはり、好きなことをすることは、大切なようです。

慢性的な問題と向き合うには、まずは「私が大切なもの」を受け入れるところから。

慢性的な問題は、それだけ自分のコアな価値や才能を教えてくれます。それだけに向き合うことが大変なものですが、まずは「自分が何を大切なのか?」を受け入れることをおすすめします。

降る雨は、暖かさを含んで。

降る雨に、暖かさを感じるようになりました。時候は、「立春」から「雨水」へと移り変わるころ。降る雪も雨に変わり、雪解けとうるおいをもたらすころです。

「道ゆく人に祝福を贈る」という習慣。

「道ゆく人に祝福を贈る」という習慣のご紹介です。その祝福はめぐりめぐって、自分自身に還ってくるものです。

なかなか解決しない「問題」ほど、自分自身の才能のありかを教えてくれる。

何をもって「問題」とするのかは、その人の価値観、人生観、センス、パーソナリティに依るものです。それゆえ、なかなか解決しない「問題」ほど、自分自身の才能のありかを教えてくれるといえます。

「癒し」とは、ものごとの見方がポジティブに変わることを指すが、それは問題と他者が運んでくる。

「癒し」とは、ものごとの見方がポジティブに変わることを指します。そしてそれは、「問題」と「他者」が運んでくるものです。

自己受容と癒しは、車の両輪のようなもの。

自己受容と癒しは、車の両輪のようなものです。自分を受け入れよう、自分を愛そうとしても難しいときは、自分を癒すことに目を向けてみることをおすすめします。

「根拠のない自信」は、愛された記憶から生まれる。

自分を肯定する上で大切な「根拠のない自信」は、愛された記憶から生まれます。もし「そんふうに思えない」と感じても、だいじょうぶです。生きるとは、愛を思い出す旅なのでしょうから。

自分に軸を置くポイントは、「根拠のない自信」。

自分を肯定する基本は、「いま、ここ」にいる自分を受け入れることであり、他人ではなく、自分に軸を置くことです。そのポイントとなるのは、「根拠のない自信」です。

あなたはどこにでも行けるし、どこにも行かなくてもいい。

本来、人はどこにでも行けるし、どこにも行かなくてもいいんです。自分を受け入れることで、その自由な場所に立つことができます。

自己受容をベースとした行動のすすめ。

「いまの自分を受け入れる」ことは、必ずしも「そのままでいい」「何もしなくてもいい」ということではありません。自分を受け入れることの先に何を描くのかが、とても大切なことです。

「いまの自分を受け入れること」と「自分を甘やかすこと」の違いは、どこにあるのか?

自己肯定の第一歩は、いまある自分を受け入れること。しかし、それを「自分を甘やかしている」と感じてしまうことがあるものです。「自分を受け入れる」と「甘やかす」の違いについて、考えてみます。

いまあるものを「指差し確認」するだけでも、心は落ち着きを取り戻す。

いまここにあるものに目を向けることは、心を落ち着かせるための有効な方法の一つです。自分の心が揺れて不安なときに、私がしていた「指差し確認」とあわせて、お伝えします。

いまここにあるものを認めることが、自己肯定の第一歩。

自分を肯定する理由を、他人との比較や成果に置いてしまうと、苦しいものです。 そうではなくて、「いまここにあるものを認める」ことが、自己肯定の第一歩です。 1.形になっても、ならなくても 2.トーナメント方式の自己肯定には無理がある 3.あるも…

「才能」の認め方と、パートナーシップの受け入れ方の相似。

「才能」と聞くと、それを何か形にしたり、結果を出したりしないといけない、と感じてしまうものです。けれども、そうではありません。それは、パートナーシップのすばらしさとよく似ているようです。

【ご案内】根本裕幸師匠のお弟子8期の皆さまが、モニター募集をされておられます!

私が心理学・カウンセリングを学んだ根本裕幸師匠のお弟子のみなさまが、モニターを募集されていますので、今日はそのご案内をさせてください。

春立てる、霞の空に。

春立てる日。その空は、冬の凛とした色から、少しだけ透明感が落ちたように感じます。

「才能」の表れ方 ~クレーマーの才能、嘘をついてしまう人の才能

自分にとって当たり前のようにしてしまうことこそ、「才能」といえます。そうした「才能」のあらわれ方を、具体例を含めてご紹介します。

選んでいないものを受け入れる覚悟と、想像以上の恩恵を受けとることは、表裏一体。

自分でなんでもしようとするのは、「自立」の心理です。しかし、自分で選んでいないものも受け入れようとすると、それ以上に素晴らしい恩恵が与えられたりするものです。

如月の熱田さん、冬の雨は暖かく。

睦月が過ぎ去り、ゆるりと如月がやってきたようです。まだ最も寒い時候なれど、季節の分かれ目、節分ももうすぐ。そんな如月のはじめ、熱田さんを訪れることができました。

自ら選んでいないものを受け入れることで、私たちは自立を手放していくことができる。

自分で選んだことに責任を持つのは、「自立」です。それはとても素晴らしいことですが、自分で選んでいないことを受け入れていくことは、私たちをさらに成熟させてくれます。

自分が選んでも望んでもいないのに与えられた資質や才能を、受け入れるためのヒントについて。

「才能」があるがゆえに思い悩んだり、自分を責めたりすると、「そんな才能なんて要らなかったのに」と感じることもあるのでしょう。そんなときに、考えてみたい視点をお伝えします。

春を待ちわびるようになったのは、いつからだったか。

春を待ちわびるようになったのは、いつからだったでしょうか。それは、変わりゆく自分と、変わらない自分と。そのどちらもを愛でるように、なってきたからなのかもしれません。

「才能」が生まれる場所 ~「平和の天使」の深い葛藤とは

「才能」があるがゆえに、私たちは葛藤もするし、悩みもします。しかし、いつかはそれを受けとり、感謝できるようになるものです。

そこに才能が「ある」がゆえに、悩みもするし、自分を責めたりもしてしまうもの。

自分の価値や才能と聞くと、「好きなこと」や「興味があること」をイメージされるかもしれません。しかし、本質的な部分での才能とは、それが「ある」がゆえに悩みもするし、自分を責めてしまったりもするものです。そうした才能の持つ性質について、お伝え…

自分の価値や才能は、北極星のようにいつもそこに「ある」もの。

受けとろうが、受けとるまいが、自分の価値や才能は、そこに「ある」ものです。それは北極星のように、いつも私たちの歩く道を照らしてくれます。

【受付終了】2月度個人カウンセリングを募集いたします!

文筆家・心理カウンセラーの大嵜直人のブログにお越しいただき、誠にありがとうございます。2月度の個人カウンセリングを募集いたします。あなたさまのお話をお伺いできますことを、心より楽しみにしております!

自分の価値を知ったら、あとは受けとれるように「お祈り」してしまおう。

自分の価値や魅力、才能といったものは、それを受けとろうとすればするほど、抵抗が出てきたりします。それらを知ることができたら、あとは受けとれるようにお祈りしてしまいましょう。

「問題」とは、それを解決するためにあるのではなく、自分の価値に気づくためにあるもの。

私たちは「問題」に出逢うと、それを解決する方法だけに意識が向いてしまうものです。しかし「問題」とは、それを解決するためにあるのではなく、自分自身の価値に気づくためにあるものです。