大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

2024-03-01から1ヶ月間の記事一覧

春の不安定さを、淡い桜の色のなかに想うこと。

それもまた、春のしわざ。そんな風に考えて、自分の身体と心を、いたわってあげてください。ゆるくゆるく、やさしく、あまく。そう、あの桜の花の、淡い花の色のように。

「投影」を、自分と向き合うためのヒントにする視点とは。

「投影」は、心理学のなかでも最も重要な概念の一つです。この「投影」の見方を使って、自分と向き合い、そして愛していくための視点をご紹介します。

目に映る現実から、自分の本心が見えてくる。

目に映る現実が、自分の望むものではなかったとき。そこから、自分の本心と向き合うことができます。そんな見方について、お伝えします。

幸せを感じるために、条件を付けたがる心理とは。

幸せを感じるのに、何がしかの条件をつけたくなるものです。そうした心理について、少し深堀りしてみたいと思います。

幸せを感じるのに、条件付けなんて要らない。

何か問題があると、それを解決しないと幸せになれない、と考えてしまいがちです。しかし、真実はそうではありません。幸せを感じるのに、何ら条件付けは要りません。

自分が「犠牲」していることに気づいたときに、それをどう捉えるか?

自分が「犠牲」していることに気づいたとしても、何か悪いことをした、自分は間違っていた、と思わなくていいんです。それよりも、「犠牲」してまで与えたかった、愛したかった、という想いに目を向けてほしいのです。

「犠牲」の心理と、その奥底にある喪失感について。

「犠牲」をしてしまうのは、無価値感ゆえに、自分に役割が必要になるからです。その奥底には、なにか大切なものをなくした喪失感があるものです。

【受付中!】 4月度個人カウンセリングを募集いたします!

文筆家・心理カウンセラーの大嵜直人のブログにお越しいただき、誠にありがとうございます。4月度の個人カウンセリングを募集いたします。あなたさまのお話をお伺いできますことを、心より楽しみにしております!

誰かを大切にしたいなら、まず自分を大切にすること。

与えたい人や、他人の心情を推し量れる人ほど、自分よりも周りの人を優先してしまうものですが、それは「犠牲」になりしんどくなってしまうものです。誰かを大切にしたいなら、まず自分を大切にすることが必要です。

加害者と被害者の心理的な負の連鎖と、その抜け出し方。

加害者と被害者は、立場を入れ替えながら癒着しやすいものです。そんな負の連鎖の心理と、その抜け出し方について、お伝えします。

欲しくても与えてもらえなかったものは、あなたが与えられるもの。

欲しくても与えられなかったものは、自分が自分に与えていないものです。それはまた、誰かに与えられるものでもあります。そんな不思議なテーマをお伝えします。

春分の日の雨に、折り返しについて想うこと。

今日は、春分の日ですね。私の住んでいる名古屋では、冷たい雨の日でした。分厚い雲の向こう側の、お日さまを想像しながら。そんな、春分の日でした。

「寂しさを感じることができると、音信不通だった相手から連絡が来る」事象を、どう解釈するか?

自分とつながると、外側の現実の事象が変わる。よく言われることですが、なぜそれが起こるのかを、いろんな視点から説明してみたいと思います。

欲しかった形で愛を与えられなかったことを、どう解釈したらいいか。

欲しかった形で愛を与えられなかった。そんな経験があったとき、それを解釈する2つの視点をご紹介します。

満開の木蓮の花は、暗がりを照らす白き灯篭のように。

私の大好きな木蓮も木も、その花を見事に咲かせていました。ほんの数週間前は、固い蕾に覆われていた無数のそれは、いま白き炎のようになり、冬の暗がりを照らしているようです。

受けとれる愛の総量を増やすには、愛についての観念を手放していくこと。

受けとれる愛の総量が増えることは、私たちの生を豊かに、そして実り多きものにしてくれます。そうるためには、愛についての観念を手放していくことが大切です。

「愛される人」のイメージを書き出してみると、自分が設定した自己受容の条件が出てくる。

自己受容の原則は、いま、ここにいる自分を受け入れることです。しかし私たちは、自分を受け入れることに、何らかの条件をつけてしまいがちです。自分の設定したその条件を知り、それをゆるめていくことが自己受容には大切なようです。

自己受容のベースには、自分軸が要る。

自分を愛する根拠を、私たちは自分以外に求めてしまうものです。なぜそうなってしまうのかという心理と、軸を自分に取り戻していくための考え方について、お伝えします。

他人軸を手放すには、主語を「わたし」に変えることを意識することが有効。

「自立」の状態では、主導権は持っているものの、その行動原理は他人の評価や顔色だったりします。この他人軸を手放していくためには、「わたし」を主語にすることがとても有効です。

感情を抑圧することと、我慢することの違いとは。

感情を抑圧していると、さまざまな不都合が生じるものです。この感情を抑圧することと、似て非なるものに、感情を我慢することがあります。その違いについて、考えてみたいと思います。

「自立」にいると罪悪感を強く感じるから、自分を労わることが大切になる。

「自立」の側にいると、罪悪感を感じやすいものです。それを癒すのは、「よくここまでこれましたね」という、自分への労わりです。

春寒の球音に、なにか、すてきなことが起きそうな予感を乗せて。

弥生という言葉には、似つかわしくない寒の戻り。そんな3月のはじめ、バンテリンドームへ野球観戦に行ってきました。

「自立」のなかの依存心を無視していると、「自立の自立」になってしまう。

「自立」的な人のなかにも、他人への依存心はあるものです。それを自分で認め、受け入れることができるといいのですが、それを無視していると、「自立の自立」と呼ばれる状態になってしまったりします。

「自立」の人が持つ根源的な依存心と、その向き合い方。

「自立」の状態にいる人は、根源的な依存心を隠しています。それゆえに、「自立」をやめられなかったりするのですが、そんな依存心との向き合い方について、お伝えします。

「自立」同士の主導権争いと、その抜け出し方。

お互いが「自立」し過ぎると、主導権争いが起こります。主導権争いが起こるプロセスと、その抜け出し方について、お伝えします。

「自立」と「依存」が入れ替わるときは、関係性の危機でもあり、チャンスでもある。

「依存」と「自立」の関係性が入れ替わるタイミングがあります。それは、相手との関係性に危機が訪れるタイミングでもあり、またお互いへの理解を深め、より深い関係性になれるチャンスでもあります。それを決めるのは、自分自身です。

「相互依存」は、シーソーでバランスを取るように。

人の心の成長プロセスに、「依存」から「自立」、そして「相互依存」というステージがあります。この「相互依存」とは、シーソーでバランスを取るようなイメージに似ています。

【ご案内】根本裕幸師匠のお弟子さん40名の皆さまが、モニター募集をされておられます!

私が心理学・カウンセリングを学んだ根本裕幸師匠のお弟子のみなさまが、モニターを募集されています!さまざまなジャンルを扱っておられる方がいらっしゃいますので、ぜひぜひ一度のぞいてみてください!

弥生の熱田さんは、やわらかな光のなかに。

風があたたさを含むようになったと思ったら、また寒風が吹く。それを繰り返しながら、春は訪れるようです。そんな、弥生のはじめ、熱田神宮を参拝することができました。

未来のお弟子仲間のあなたさまへ。 ~根本裕幸師匠の「お弟子さん制度」に寄せて

誰かのために、人のために。与えたい。そんな想いを持っておられるあなたには、ぜひ根本師匠の「お弟子さん制度」をおすすめします。