大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

2024-05-01から1ヶ月間の記事一覧

常に主語を意識することで、癒着を癒していくことができる。

「わたしが」という主語を意識することは、癒着を癒してくれるます。その上で、癒着が見せてくれる価値の方に、フォーカスしたいものです。

天地万物に生命が満ちるころは、自分をいたわる時期でもあり。

この天地に生命が満ちるこの「小満」の時期だからこそ。自分をいたわる時期にしてみては、いかがでしょうか。

【受付中!】 6月度 個人カウンセリングを募集いたします!

文筆家・心理カウンセラーの大嵜直人のブログにお越しいただき、誠にありがとうございます。6月度の個人カウンセリングを募集いたします。あなたさまのお話をお伺いできますことを、心より楽しみにしております!

それは、誰の問題だろうか? ~相手と線を引くことの大切さ

罪悪感があると、相手と「癒着」してしまうことがあります。自分と相手の間に境界線を引くことが、非常に大切なことです。

相手の罪悪感に「つき合わない」ことの大切さ。 ~ミイラ取りがミイラにならないために

相手の罪悪感を癒そうとすると、自分も沼にはまってしまうものです。向き合うべきは、自分の罪悪感であることを、忘れないようにしたいものです。

罪悪感を癒すもの、「無邪気さ」と「感謝」。

罪悪感を癒してくれるものとして、「無邪気さ」と「感謝」があります。この2つについて、詳しく見ていきます。

それだから、あなたは愛される。

自分がダメだと思っている、自分を責めていること。それはもしかしたら、世界中のなかで、自分だけが責めているのかもしれません。

それでも、あなたは愛される。

周りからの好意や愛を受けとれないとき、私たちは罪悪感を感じます。その「受けとれないことの罪」よりも、「それでも愛されている」ことに、フォーカスしたいものです。

万物が満ちゆく季節に、不完全さを想うこと。

時候は、「立夏」から「小満」へ。夏、立てる時候から、天地にあらゆる生命が満ち始めるという、節気へ。ひと雨ごとに、気温は高くなり、草木の緑も力強さを増していく時候です。

たとえ差し伸べられた手を払いのけたとしても、自分を責めるにはあたらない。

自立が極まると、自分に愛を差し向けてくれた人に対して、攻撃的な態度を取ってしまったりします。その罪悪感は強烈ですが、それでも、自分を責めるにはあたらない、というお話をさせていただきます。

自立の心理と、「味方討ち」の罪悪感の問題について。

自立の人が抱く罪悪感のなかでも、非常に大きいのが「味方討ち」の罪悪感です。その心理と、受けとれない自分をどう扱っていくか、というテーマをお伝えします。

他人をコントロールする心理の最大の問題は、「愛が受けとれなくなること」こと。

コントロールは「自立」の典型的な症状ですが、その最大の問題は、「愛が受けとれなくなること」です。コントロールするよりも、それを手放して、委ねていくことが、豊かさを受けとるカギになります。

思い通りにいかないときは、流れに身を委ねるタイミング。

心理学を使うことで、相手やできごとをコントロールしたくなることがあります。そのコントロールが叶わないと、とても苦しいのですが、それは流れに身を委ねるチャンスでもあります。

心理学を学ぶのは、自分の心を磨くために。

心理学を学ぶのは、誰かの心を覗いたり、他人をコントロールするためではありません。そうではなくて、自分の心を磨くために使うとき、心理学の知識は黄金の輝きを放ちます。

「信頼」とは、相手やものごとをコントロールするためのものじゃない。

「信頼」ができれば、相手やものごとが変わってくれるはず。そんな風に考えてしまいがちですが、「信頼」とは誰かをコントロールするためではなく、自分自身のためにするものです。

光の色に、新緑を想う皐月の熱田さん。

薫風、新緑の季節。着るものも、そろそろ半袖を引っ張り出すような時期。そんな5月に、熱田神宮を参拝することができました。

四半世紀ぶりの神宮球場に、変わらぬ球音ありて。

神宮球場を訪れるのは、いつぶりだっただろうかと、スマホで前回の訪問を調べてみたら、25年ぶりだった。なにしろ、前回訪れたのは、ドラゴンズが20世紀最後にリーグ優勝を決めた試合だから、分かりやすい。

自分を「信頼」している状態とは、こんなイメージ。

「信頼」ができているとき、私たちは相手の動向や結果へのこだわりが薄れます。ここに無い何かを求めるよりも、自分がいまここにいることに、深い喜びを感じられるようになります。そんな「信頼」のイメージを、お伝えします。

自分とのつながりを取り戻すためには、感じていることに嘘をつかないこと。

自分とのつながりが切れていると、なかなか自分や相手や世界を「信頼」することができません。そして、自分とのつながりを取り戻すためには、自分の感じていることを大切に扱う必要があります。

自分の愛とつながるとができると、心は落ち着きを取り戻していく。

「期待」したり「心配」したり、相手の動向に自分の心が揺れるとき。そんなときは、自分の愛とつながることができると、心は落ち着きを取り戻していきます。

「期待」も「心配」も、その奥にある愛とつながることで「信頼」へと変えていくことができる。

「期待」も「心配」もしてしまうのが、私たちです。けれども、その奥にある愛とつながることができると、それらを「信頼」に変えていくことができます。

「期待」を「信頼」に変えていくためには、まずは「期待している自分」に気づくこと。

「期待」も「信頼」も、私たちの心のなかには両方あるものです。そのなかでも、「信頼」を増やしていくための考え方について、お伝えします。

立夏、夏とせつなさの訪れ。

暦の上では、夏。気温もぐんぐんと上り、生命が満ちていくのを感じられる時期です。しかし、夏は満ちることよりも、終わりゆくことへのセンチメンタルを、想起させるのです。

相手を「信頼」すること、「期待」することは、何が違うのだろうか?

「信頼」と似て非なるものに「期待」があります。その二つには、自分とつながっているのか、現実と向き合えているのか、という違いがあります。

「信頼」は「祈り」と似ていて、裏切られることはない。

「信頼」と「祈り」は似ています。どちらも、自分に主体性があり、裏切られることはないからです。

「祈り」とは非指示的に想いを寄せることであり、「手放し」や「許し」がそれをもたらしてくれる。

「祈り」とは、その対象に想いを寄せ、愛を贈ることを指します。それは、結果を期待するのではなく、非指示的なものであり、それゆえに自分自身もまた幸せを感じることができる心のはたらきです。

誰かの幸せを祈るとき、私たちはとても大きな幸せを感じることができる。

誰かの幸せを祈るとき、私たちはとても大きな幸せを感じることができます。「許し」や「手放し」は、その境地に私たちを導いてくれるものです。