「ずいぶんと朝晩冷え込むようになってきたな」
「ええ、アタシも昨日、あわてて長袖のパジャマ引っ張り出しましたよ。辛うじて衣装ケースに入ってましたけど、さすがにクサクサしてました」
「いや、そこは洗濯してから着ようや…」
「いや、背に腹は代えられませぬ」
「お、おぅ…次の休みには洗ってくれ…しかし、気付かぬ間に、季節は巡っていくもんだなぁ。ついこの前まで、残暑がどうのって話をしてたのに、朝晩冷えるし、夕方は6時過ぎると途端に暗くなるもんなぁ」
「ほんとそうですよ、ビックリします」
「黙っていても流れるのは、季節だけ…か。人間は年を食うだけだな…」
「なんですか、その後ろ向きな感じは」
「まあ、後ろを向きたくなる時期もあるさ…」
「また何かミスしたんですか?いいじゃないですか、別に」
「また、とは何だ、またとは…いや、同じミスが重なると、さすがになぁ」
「そういう何でもデキるキャラじゃないんだから、ミスする前提でいきましょうよ。ミスしてからがスタートって感じで」
「あぁ、そうなんだけど…」
「自分に過剰に期待しすぎじゃないですか?周りはそんな期待なんて、してないかもしれないですよ。気のせい、気のせい」
「それはそれで、何か悲しいじゃんか…何か、期待されてない人みたいで」
「違いますよ、そういう意味じゃないですよ…まったく、昆布みたいなウネウネした黒いオーラ出てますよ」
「昆布はマズいな…あぁ、変わりたいなぁ…自分を。人生を変えるために必要なものって、何だろうね」
「う~ん…」
「運?人脈?…それともやっぱり、努力?」
「そうですねぇ…もしも自分の人生を大きく変えるものがあるとしたら、それは小さな勇気なんでしょうね」
「小さな勇気」
「そう。そんな大きくなくていいと思うんですけど、小さな勇気」
「それは、なぜ?」
「変える、ということなら、やっぱり今までと違うことをしないといけないと思うんですよね。で、違うことをするって、とっても怖いんです。それをする、小さな勇気」
「そんなもんか…」
「ミスをして自分を責めるんじゃなくて、ミスをする自分をそのまま受け入れるということ。しょうがないわよね、それも自分だから、って。どんな一日であろうと、よく頑張ってね、って自分をねぎらう。それって、自分を責めたり反省するよりも、とても怖いことなんです」
「あぁ…たしかに。受け入れがたいな、それは」
「だから、それをする小さな勇気。それが、小さな小さな一歩目じゃないかな、と。どうしてもそれが無理なら、もう一つ小さな勇気にサイズダウンしてみる」
「もっと小さな勇気とは?」
「そのままの自分すら受け入れられない自分や、自分をねぎらうことすら出来ない自分の状態を、受け入れられないんだね、ねぎらうことができないんだね、とまずは今の状態をそのままに受け入れる勇気。一つサイズダウンする感じ」
「うーん…そうか、受け入れられない自分を受け入れる…なんだか禅問答みたいだな」
「受け入れられない自分を受け入れられない自分を受け入れる…みたいな?アハハ、たしかにそうですね」
「小さな勇気、か」
「そうそう。単にミスしない人間になることが、人生を変えるんじゃないと思います。まずは、自分がミスをする人間だと知り、受け入れること。その上でどうするか考えるのと、自分はミスしない人間のはずなのにって考えるのとでは、次の行動が違いますから」
「たしかに」
「だから、小さな勇気なんじゃないですかね」
「なるほど、小さな勇気…じゃあ、この明日納期の仕事を放置してたミスを、言い出す勇気を出してみるよ。ごめん、明日までに頼む」
「はぁ?なに定時前に寝惚けたこと言ってるんですか?ちゃんと自分のミスは自分で始末してください。それじゃ、おつかれさまでした~」
「ですよね…うぅ…小さな勇気を出したのに、全然変わらないぞ」