日に日に秋が深まっていくようですね。
南の海には台風がきているようです。上陸しないとよいのですが、台風が通り過ぎるとまた大気がかき混ぜられて、澄んだ秋の空気になるのでしょうね。
さて今日は私の好きなグリーン・デイの音楽に寄せて、綴ってみたいと思います。
GREEN DAY
INTERNATIONAL SUPER HITS!
グリーン・デイが好きだ。
どこまでも明るくてノリが最高。けれど、初期の頃の歌詞は自暴自棄、八つ当たり、孤独、ダメだダメだという自己否定、ドラッグ・アルコール・性といったアンダーグラウンド、マイノリティの辛さ、といった苦しさと怒り、悲しみに満ち溢れている。
ビリー・ジョー氏とマイク・ダーント氏の生い立ちを知るにつけ、その歌詞の重み、そしてその裏返しのどこまでもポジティブな曲調に、凄みを感じるようになった。
今改めて聴くと、彼らの辿った過程を勝手にイメージして楽しんでいる。
どうしようもない境遇やどうしても得られなかった(と思い込んでいた)親からの愛情に唾を吐き、ネガティブな感情を爆発させ(3.Longview、5.Basket Case)、
それでも魂の声か何かに導かれて何とかしようともがき(6.When I Come Around)、
アルバム「Dookie」の記録的ヒットによる極度の自立を経て(10.Brain Stew)、
それを手放し今までの全てを肯定し感謝に到る(15.Good Riddance)、
そんな彼らの魂の軌跡のように見える。
Good Riddanceのサビの歌詞には、彼らが到達した諦念、手放し、感謝、祈り・・・その全てを含んでいるように聴こえる。
ヤツら、カッコイイ。
グリーン・デイが好きだ。
2017.5.19
1980年代にの終わりに彗星のごとく現れ、パンクというコアなミュージックを、メジャーにしたグリーン・デイ。
私も青春時代によく聴きました。
どこまでもポップで明るい曲調とは裏腹に、世の中の全てに唾を吐き、回し蹴りを喰らわせるような歌詞を紡ぐ彼らに興味を持ち、いろいろと調べていく中で彼らの生い立ちを知りました。
ビリー・ジョー・アームストロング氏。
11歳のときに父親が癌で死去。家は貧しく、小学生の頃から働いて家計を支える。13歳のときに母親が再婚、新しい父親に馴染めず、また母親も仕事にかかりきりの中、生みの父親に買ってもらったギターを弾き歌うことに夢中になる。15歳で家を出て働きながら音楽活動を始める。
マイク・ダーント氏。
生みの母親はヘロイン中毒で、彼は産まれてすぐに姉とともに養子に出される。
その後、養父母が離婚したため、実母のもとに戻るが、11歳のある日、母親が突然見知らぬ男を連れてきて、再婚。ほどなくして母親は家を出ていき、彼は新しい父親との生活を始める。働きながら高校を出るころには、新しい父親と和解しかけていたが、17歳のときにその義父が癌で逝去。彼もまたその孤独と怒りをベースギターにぶつけていた。
そのような苛烈ともいえる彼らの10代の経験が、初期の曲の歌詞に色濃く反映されています。どうしようもない境遇への怒りを爆発させ、俺はダメだと嘆き、苦しみをぶつける。
けれど、そんな炸裂させた感情の先に彼らがたどり着いたのは、「Good Riddance」、直訳すれば「良い解放」の境地でした。
パンク色を一切消して、アコースティックな音色に乗せて歌われるその歌詞は、「それは予想もできないことだけれども、結果起きてることは全て正しい」という救いの言の葉です。
彼らが10代のときに過酷な問題を抱えてように、私たちも生きていく中で様々な問題にぶち当たります。そして問題の渦中では、自暴自棄になったり諦めたり、前が見えなくなることもあるかもしれません。
けれど、もし仮に「起きていることは全て正しい」としたら、そのとき目に映る問題はどのように見えるでしょうか。
望むように解決しない問題はあるかもしれませんが、問題を問題と思わないようにはできる。
きっと彼らが「Good Riddance」の歌詞を書きメロディーをつくっていたとき、その10代の記憶は過酷なものではなく愛と感謝に満ちていたように感じます。
全ての問題は、必ず感謝で終わります。
今日もお越し頂き、ありがとうございました。
ぜひ今宵は「Good Riddance」をお聴きになりながら、どうぞ、ごゆっくりおすごしください。