時は小満、日増しに気温が上がり、太陽が力強くなっていくころ。
天地に生命が満ち溢れるといわれる時候。
一年で最も爽やかな2週間は、競馬ファンにとってもたまらない時間である。
2017年に生を受けたサラブレッドの頂点を競うオークスとダービーが、やってくるからだ。
引き続き無観客での開催は続けど、関係者の尽力により、競馬の祭典が行われることに感謝したい。
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2020年のオークスは、無敗で桜花賞を制したデアリングタクトと松山騎手が、そのまま2冠を奪取するかが注目となった。
前々走のエルフィンステークスでは、ウオッカ以来となる1分33秒台のタイムを叩き出し、雨中の桜花賞でも泥をかぶるのをもろともせずに、豪快に追い込みを決めた。
同世代の牝馬では一つ二つ力が抜けているのは明らかだが、それでも全馬未体験の2,400mという距離、そして初めての左回り、府中の高速馬場でどうなのか。
絶好の4番枠を引き当てて、デアリングタクトは当然の一番人気、単勝は1.6倍と支持された。
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デアリングタクトは、好スタートを切ったように見えた。
しかし、向こう正面で隊列を前から映し出すと、後方6,7番手と想像していたよりも後ろの位置取りとなっていた。
すべての出走馬、騎手の思惑と状況、枠順、ゲートの出方…さまざまな要素で、位置取りは決まる。
高速馬場で前が止まらないのだから、前目の競馬をすればいいと誰もが考えるが、皆がそうしてしまうと、そのポジション争いで消耗してしまう。
そして、枠順や出足の良し悪しなどでどうしても行けない場合もあれば、前目につけようとするとかかってしまう馬もいる。
各々のジョッキーが考えを尽くして、そしてゲートが開いてからの刹那の間の争いの結果が、各馬の位置取りとなって示現する。
意図してそうなったのか、そうせざるを得なかったのか。
それは、当事者にしか分からないし、レース後のインタビューやその後出走するレースなどから推察するしかない。
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デアリングタクトの位置取りは、松山騎手が意図したよりも、一列後ろだったのではないか。
絶好のポジションは、少し離れた番手でレースを進めるウインマリリンのように見えた。
鞍上は、騎乗停止となった息子・横山武史騎手から、手綱を引き継いだ横山典弘騎手。
武史騎手が、見事な先行策で重賞初制覇を飾ったフローラステークスの再現を狙っているはずだ。
4コーナーを回っても、デアリングタクトはまだ後方だった。
いったん外に持ち出そうとする松山騎手だが、進路がない。
厳しいか。
そう思った刹那、松山騎手は瞬時に内に矛先を変える。
ほんのわずかに空いたスペースに、矢のようにデアリングタクトが伸びていく。
まるで違う脚色。
抜け出す。
背筋に、粟が立つ。
前で粘るウインマリリンを追う。
きっちりと、ゴール前で差し切った。
63年ぶり、史上二頭目の「無敗の二冠牝馬」誕生の瞬間だった。
ウイニング・ラン、空席のスタンドへ向かってガッツポーズを取る松山騎手。
初めて味わうGⅠで1番人気の重圧から、解放された笑顔が見える。
後方の位置取りから、下手に動かず馬の力を信頼しきった騎乗だった。
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それにしても、ドラマのようなレースぶりとともに、デアリングタクトには久しぶりに見るドラマが詰まっている。
生産者は、日高地方にある長谷川牧場。
大手ではない家族経営の牧場から、歴史に名を刻む名牝が生まれるところに、競馬の面白さ、深さが詰まっている。
社台ファームが輸入したデアリングダンジグの孫であるデアリングバード。
長谷川牧場は、競走馬としては実績を残せなかったデアリングバードを、繁殖牝馬セールで購入したと聞く。
デアリングバードに、新種牡馬・エピファネイアを配合して生まれたのが、本馬である。
その血統表を眺めていると、シンボリクリスエス、シーザリオ、スペシャルウィーク、キングカメハメハといった内国産のスターホースの名前が並ぶ。
個人的には、競馬を見はじめた頃に旋風を巻き起こしたサンデーサイレンスの4×3のクロスを見ると、時代の流れを感じざるを得ない。
かつてオグリキャップがそうだったように、一流とはいえない血統から活躍馬が現れ、中央のエリートたちを打ち倒すというドラマを紡いでいたが、昨今はそうしたドラマを見かけることは少なくなった。
それだけ、いまの日本で走っているサラブレッドの血統のレベルが高くなった、ということかもしれない。
日本馬の海外での活躍を見るにつけ、もちろんそれは喜ばしいことなのだろう。
ただ、それだけに、この令和の時代にデアリングタクトが紡ぐドラマが、味わい深い。