フランスでは女性はワインに例えられ、「女性とワインは古いほどいい」という諺まであるそうだ。
彼の国では豊かな時を重ねて成熟した女性は、極上のワインと同じで、男性からの憧れの的なのだそうだ。
いたいけな少女は成長していく中で世間を知り、自立して武闘派となったりもする。
けれど、やがてその自立を手放して豊かな女性性、母性、女神性を解放していき、凛々しき女王として家庭に社会に君臨するようになるのだろう。
若さが何よりも価値を持つことの多いこの国とは、ずいぶんと異なった文化ではある。
もちろん、どちらがよい/悪い、優れている/劣っているという議論は不毛だ。
それは文化・価値観の相違だけだ。
どちらの価値観を選ぶにせよ、そうした成熟した女性が女王として君臨できる場所(=王国)を整えておくことが、これからますます男性にとっても女性にとっても大切になっていくように見える。
1996年にエリザベス女王杯が古馬に開放されて以来、古馬牝馬の重賞競走の充実やローテーションの整備が進められてきた。
それまでは牝馬は早めに引退して、牧場に帰して繁殖牝馬にするべき、という見方が多かった。
しかし、天皇賞・秋を勝って年度代表馬に輝いたエアグルーヴ、一線級の牡馬の中で活躍したヒシアマゾン、牝馬三冠を獲得したメジロドーベルといった、競走馬として長く優秀な成績を収める牝馬は徐々に増えていった。
そんな中、2006年に古馬牝馬のための春のG1が新設される。
ヴィクトリアマイル。
東京競馬場で行われる、春のマイル女王決定戦。
栄えある第1回のヴィクトリアマイルには、
前年の桜花賞・NHKマイルカップの変則二冠馬・ラインクラフト、
同じく秋華賞馬・エアメサイア、
2年前の桜花賞馬・ダンスインザムード、
同じく2歳女王・ヤマニンシュクル、
強烈な末脚を持つディアデラノビア、
重賞2勝の古豪ヤマニンアラバスタ、
4連勝中のアグネスラズベリなど、
個性豊かな18頭の古馬牝馬が揃い、東京競馬場は成熟した女性のための舞踏会の様相を呈しながら、ファンファーレは鳴った。
絶好のスタートを切った北村宏司騎手とダンスインザムード。
道中は4、5番手の絶好位をキープしながら進む。
直線を向くと、そのまま内ラチ沿いのインコースを選択。
抜群の手ごたえを見せる中、北村はギリギリまで追い出しを我慢する。
残り200mを示すハロン棒の手前でようやく北村からGOサインを受けた彼女は、まるで解き放たれた矢のような末脚を爆発させ、先頭に立つ。
ゴールまで残り50m。
大外から武豊のエアメサイアが飛んでくるが、1馬身1/4差のリードを保ってダンスインザムードと北村はヴィクトリアマイル初代女王のゴールに飛び込んだ。
全姉にオークス馬・ダンスパートナー、全兄に菊花賞馬・ダンスインザダークを持つ「華麗な」血統。
武豊を背に4戦無敗で桜花賞を制した天才少女はオークスでの惜敗のあと、遠くアメリカの地でG1・アメリカンオークスに挑戦するも、惜しくも2着。
その秋は秋華賞4着のあとに、なんと中1週で古馬最高峰の天皇賞・秋、そしてマイルチャンピオンシップに果敢に挑戦し、連続2着とその才能を見せつける。
しかし、さすがに無理が出たのか、その後は二けたの着順が続くなどのスランプに陥る。
翌年秋から徐々に戦績を立て直してきた彼女を再び栄光へと導いたのが、桜花賞を勝ったときのパートナー・武豊ではなく、デビュー8年目にして初めてG1勝利となった北村宏司だったのも趣深い。
さしずめ、
名家のお嬢様が進学校から海外留学して、優秀な成績を修めたのちに帰国。
就職して世の男性たちと張り合いながら葛藤してもがいて来た。
しかし年を重ねる中で自立を手放して、女性としての魅力を余すことなく開花させたら、新たなパートナーと出会い自らの魅力と笑顔を思い出すことができた。
そんな即興のストーリーを想像してしまう、味わい深いウイニングラン。
初G1勝利おめでとう、北村宏司騎手。
そしてお帰りなさい、ダンスインザムード。