平成の競馬ブームの立役者がオグリキャップなら、昭和のそれはハイセイコーである。
残念ながら、私はいずれもその両馬の走りをリアルタイムで見ることは叶わなかった。
初めて見た三冠馬はナリタブライアン。
1994年秋、淀の直線を独走する彼を、関西テレビの杉本アナが「10年ぶり!10年ぶりの三冠馬!」と実況していたのを思い出す。
その10年前、1984年の三冠馬はシンボリルドルフ。
さらにその前年にもミスターシービーが三冠を取っていた。
ハイセイコーが走ったのはさらにその10年ほど前、1970年前半だった。
2018年の今年からすると、もうすでに四半世紀近くも前。
平成も最後の年の瀬に書き残しておきたいと思ったのは、そのハイセイコーの走った1970年代の後半を彩った、流星の美しい栗毛の名馬である。
その生涯全てが、私が生まれる前のお話し。
けれどもその優駿の発した熱は、時代を超えて私が競馬を見始めた1990年代まで燻っていた。
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1952年、京都で伝貧(馬伝染性貧血)と呼ばれる感染症が競走馬の間で大流行した。
多くの馬が命を落とし、また感染防止のために隔離、殺処分の憂き目に遭うことになった。
11勝を挙げて名牝の誉れの高かった、「クモワカ」と呼ばれる一頭の牝馬もまた、その伝貧に感染したとして殺処分の命令を行政から受けていた。
しかし名牝を殺すにしのびなかった関係者は、ひそかにクモワカを殺処分したことにて北海道の牧場に匿った。
殺されたことになっていたクモワカは、奇跡的に全快してカバーラップⅡ世との間に仔を産んだ。
その仔の名を、ワカクモという。
関係者は死んだことになっていたクモワカを偽名で登録し、産まれたワカクモを血統登録しようとしたが、偽名が明らかになってしまいワカクモの血統登録は裁判で争われることになった。
当時の新聞を賑わせたと伝えられるこの事件は、最終的にはクモワカの再検査などを経て、その仔・ワカクモの血統登録が認められることになった。
ワカクモは名牝であった母の血を引く素晴らしい素質を開花させ、桜花賞を勝つなどの活躍を見せる。
そんな数奇な運命をたどったワカクモが引退したのちに、コントライトという種牡馬との間に一頭の仔が産まれた。
その栗毛の仔馬は、「将来出世して、新聞の10ポイント活字で記事に載るような馬になるように」という願いを込めて、
テンポイント
と命名された。
殺処分になるはずが、北の大地で生き延びた祖母・クモワカ。
幽霊の仔と呼ばれながらも、桜花賞を勝った母・ワカクモ。
そんな数奇な運命の糸を紡いで産まれた、テンポイント。
額の立派な流星と、美しい栗毛で見る人を惹きつける優駿であったという。
栗東は小川佐助厩舎に入厩した彼は、デビューからその才能を開花させる。
8月の函館での新馬戦を、鹿戸明騎手を背に2着に10馬身、1.6秒の大差をつけて圧勝。
2走目は11月の京都のもみじ賞に出走したが、これもまた2着馬に9馬身差、1.5秒の大差をつけて、影も踏ませず圧勝。
関西に、すごいのがいるらしい。
競馬の世界で西高東低と言われて久しい(最近はそうでもないが)が、この1970年当時は圧倒的に関東馬優位の時代だった。
そんな時代に関西から出てきた、スター候補。
そんなテンポイント陣営が3走目に選んだのが、「阪神3歳ステークス」だった。
1970年代当時は東の中山と西の阪神で、それぞれ3歳チャンピオンを決めるレースが行われていた。
その後1991年に中山が牡馬・せん馬限定、阪神の方が牝馬限定の競走となり、
2001年に「朝日杯フューチュリティーステークス」と「阪神ジュベナイルフィリーズ」に名称を変更、
2014年に朝日杯の方も阪神で開催に変更と、ややこしい経緯をたどっている。
テンポイントはそんな関西の期待をその栗毛の馬体に背負い、阪神3歳ステークスに挑んだ。
3コーナーで少し前進に手間取るも、4コーナーに入る前あたりから外を回って進出してくる、流星の美しい栗毛の馬体。
直線を向き、大外を伸びてくるテンポイント。
内で必死に食い下がる逃げたゴールデンタテヤマ。
しかし競り合いになったのも直線半ばまでで、そこからはテンポイントの躍動する四肢から繰り出される脚色は、他馬とは全く異なる力強さだった。
冒頭のナリタブライアンの三冠も実況した杉本アナによる、力の入った声が飛ぶ。
見てくれ、この脚、見てくれ、この脚!
これが関西の期待、テンポイントだ!
独走のゴール、2着には7馬身差、1.1秒の大差。
3度目の圧勝で、テンポイントがいよいよ翌年のクラシックの主役へと名乗りを挙げたレースであった。
その後、「流星の貴公子」と称されたテンポイントは、「天馬・トウショウボーイ」、「緑の刺客・グリーングラス」という最強のライバルたちとともに3強を形成。
「TTG」と呼ばれる一時代を築いていく。
それは、
ハイセイコーが巻き起こした昭和の競馬ブームが去った後であり、
そして、
オグリキャップが平成の競馬ブームに点火する前のお話し。
語り継ぎたい、流星の貴公子の若き日の雄姿。
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朝日杯フューチュリティステークス。
阪神・芝1600m。
平成最後に見ておきたい若駒の末脚が、そこにある。