暖かな春の土曜日、息子と娘と中京競馬場へ出かけた。
暖かな陽射しの下、まだ桜は咲き誇っていた。
この日は中京開催日ではなかったので、人もまばらだ。
名鉄の中京競馬場前駅の近くの駐車場に車を停めて、入場門へ歩く。
我が青春のサイレンススズカの名前が見えて、あの金鯱賞から20年が経ったかと思うと、感慨深い。
競馬も人生も、年を重ねるほどに味わい深くなる。
青い空、白い雲、緑の芝。
満員のスタンドの熱気もいいけれど、この誰もいない開放感もまたたまらない。
メインスタンドを望む。
柔らかな春の陽の光が差し、風はやさしく頬をなでる。
構内にある馬頭観音の前で手を合わせる。
息子はカブトムシのサナギが無事に羽化しますように、とお願いしたらしい。
きっと観音さまは聞き入れてくれるだろう。
私は今日のメインレースの全頭・全騎手の完走をお祈りした。
構内に設置されている名鉄パノラマカーも、ほぼ独占状態。
あこがれの一番前の座席に座ったり、運転席で特急の警笛を鳴らしたりして、息子はご満悦のようだった。
ターフビジョンでは、次のレースのパドックを映していた。
人もまばらなスタンドでは、ビールを飲んでいる客がいたり、のんびりした空気が流れる。
軽くお昼を済ませた後、内馬場の遊具で息子と娘は遊んでいた。
私は不思議な形の雲を見上げながら、ベンチで少しウトウトとしていた。
気持ちのいい春の日。
ポニーに試乗できるイベントが開催されていたので、並んで乗せてもらう。
娘が乗ったのはサスケという鹿毛のポニー。
娘は、タテガミが三つ編みになっていたのが気に入ったらしい。
これで入場無料なのがありがたい。
まあ、いままでさんざん外れた馬券が、その原資になっているのだが。
人間、過ぎれば忘れるものだ。
息子はイッペイという名の芦毛?白毛?のポニー。
桜のピンク色との対比が美しい。
「けっこうゆれた!」と興奮気味に教えてくれた。
私は乗馬体験をしたことがないので、今度してみようかとも思う。
それにしても、トップスピードで疾走するサラブレッドに騎乗するジョッキーとは、どれだけすごいのか。
「おうまにのるひとになる!」
という新たな夢ができた息子を見て、やりたいことがあるという幸せを想う。
そろそろメインレースの時間が近づいたので、地下道を通って戻る。
実際にパドックから本馬場入場するサラブレッドも、こんな風景を見ているのだろうか。
中山のメインレース「中山グランドジャンプ」が始まる。
去年のオジュウチョウサンの活躍から、障害レースの魅力に惹かれている。
レースがスタートする。
ハナを切るミヤジタイガ、その後ろにマイネルプロンプト、ニホンピロバロン。
そしてオジュウチョウサン。
すぐ後ろでタイセイドレーム、シンギングダンサー。
どの有力馬も、絶対王者・オジュウチョウサンを負かしにいく気満々で、図らずも「オジュウ包囲網」が敷かれる。
各馬が一つ、また一つと障害を飛越するたびに、心臓が「ぎゅっ」と掴まれたように感じる。
息が、詰まる。
中間のバンケットあたりで、ニホンピロバロンがオジュウチョウサンに競りかけていく。
ミヤジタイガが、マイネルプロンプトが、入れ替わり立ち替わりオジュウチョウサンにプレッシャーをかける。
石神騎手とオジュウチョウサンは、淡々と飛越を繰り返し、それでも見事なコース取りで好位置を譲らない。
胸が、締め付けられるようだ。
1977年 有馬記念のトウショウボーイとテンポイントの鍔競り合いが、脳裏に浮かんだ。
あのときは2頭のマッチレースだったが、今日はオジュウチョウサン対有力馬の鍔競り合いがずっと続くレースのように見えた。
飛越のたびに、コーナーを回るたびに、火花が散っているようだ。
これが、ジャンプレースなのか。
周りに誰もいないターフビジョンの前で、私は立ち尽くしていた。
妙に、頬を叩く風が強く感じた。
最終障害を飛越して、突き放しにかかるオジュウチョウサン。
必死に食い下がろうとするシンギングダンサーに、胸が熱くなる。
それでも、絶対王者は強かった。
あれだけ各馬からプレッシャーをかけられながら、圧倒的な力でねじ伏せた。
しばらく呆けたように、私はその場で立ち尽くしていた。
けれど、残念ながら2頭が最終障害の飛越で落馬していたことを実況で知り、その無事を祈った。
いつも通り馬券も外れて、いつも通り肩を落とす帰り道。
それでも、いいレースを観ることができて、心は満ち足りていた。
朝ここに来るときに見た桜は、春の風に吹かれて少し花を散らしたようだった。
ありがとう、中京競馬場。
ありがとう、中山グランドジャンプ。