これが、ラスト・ラン。
そう決めて、走ることのできる競走馬が、どれほどいるだろうか。
そう言い聞かせても、言いようのない寂寥感が沸きあがってくる。
それと同じだけの感謝と、そしてこれまで走りへの敬意と。
さまざまな想いが交錯する。
何よりも、無事にこの暮れの大障害を走り終えてほしい、そう願わずにはいられなかった。
不撓不屈の絶対王者、オジュウチョウサン。
2013年のデビューから、足掛け9年にもわたる、長き現役生活。
齢、11歳。
同じ中山大障害を走るメンバーのなかには、オジュウチョウサンがデビューしてから生を受けた馬も少なくない。
サラブレッドの旬は、短い。
ともすれば、ほんの瞬きほどの時間に、その生命の輝きを凝縮する。
されど、オジュウチョウサン。
現役を長く続けただけではなく、ジャンプレースのトップランナーとして、輝きを放ち続けた。
それは、生ける伝説だった。
その伝説をリアルタイムで見ることができたのは、僥倖以外のなにものでもない。
覚醒の2016年、J・GⅠ連覇の偉業。
語り継がれる2017年中山大障害、アップトゥデイトとの死闘。
平地への再挑戦、そして有馬記念出走の2018年。
さらにそこから積み重ねた、J・GⅠ5つの勝利、障害では9つのJ・GⅠ勝利。
もはや感覚もおかしくなってくるが、年間2つしかないJ・GⅠを「9勝」だ。
こんな名ジャンパーは、もう生きているうちには逢えないかもしれない。
そんなオジュウチョウサンの、ラスト・ラン。
最内の1番枠からの発走、いつものように前目のインコースを進む、オジュウチョウサン。
一つ、また一つと障害を飛越していく。
胸が、ぎゅうっと鷲掴みにされたようになる。
障害レース32戦目。
一度も失敗しなかった飛越。
どうか、今日も無事に。
無意識に、両の手の指を、絡ませていた。
難関の大竹柵障害、そして大生垣障害も飛越。
なにが、オジュウチョウサンをそこまで支えたのだろう。
父・ステイゴールドから受け継いだ、狂気ともいえるような勝負根性か。
それとも、今日この日まで、ずっと注がれてきた関係者からの愛か。
そんな外野の思惑をよそに、またひとつ、またひとつと、オジュウチョウサンは障害を越えていく。
最後の直線へ向かうコーナー、前との差が開いた中でも、必死に食い下がろうとするオジュウチョウサン。
少し傾きかけた日差しが、中山の直線を照らしていた。
その直線、2周目の半ばから先頭を奪っていたニシノデイジーが、そのまま最後まで押し切って圧勝。
障害4戦目にして、J・GⅠ制覇の偉業達成となった。
初の中山コース、そして初の大障害コースで、ハミを「ユニバーサルビット」に変更するというのには勇気が要ったと思うが、それが功を奏した。
これまでの折り合いを欠いた走りから一変、抑えの効いた
五十嵐雄祐騎手の芸術的なコース取りにも導かれて、完勝だった。
何より平地重賞馬、日本ダービー5着馬だ。
振り返れば令和元年のダービー、現地で声を枯らして応援した。
大好きなセイウンスカイの血を引く馬が、ダービーで走ることがうれしかった。
そして、不撓不屈の絶対王者のラスト・ランを勝ったのが、ニシノデイジーになったのが、うれしかった。
絶対王者からバトンを受け継ぎ、この先のジャンプレースを牽引してくれるだろうか。
春の中山が、また楽しみになった。
するすると暮れていく、冬至を過ぎた師走の夕暮れ。
変わりゆく窓の外の景色を眺めながら、SNSでは絶対王者の引退式を伝える写真が流れてきた。
チークピーシズを付けた空色のメンコが、もう見られなくなるかと思うと、また涙腺が緩んだ。
やはり、ありがとうしか、思い浮かばなかった。
移りゆく時代。
ターフを去りゆく絶対王者。
その引退に華を添えた、次代の息吹。
いつの時代も、それが交錯するのが、GⅠでもある。
2022年中山大障害、ニシノデイジーが制した。
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