「どうしたんですか?怖い顔して…」
「あのヤロウ…ガチでゆるさねぇ…いつかタタリ神になって暴れた上に、七生祟ってやる…」
「えぇ…そんなことしたら、アシタカに矢をぶち込まれて終わっちゃいますよ」
「いや、それなら呪いを飛ばして、アシタカの右腕に死の痣をつけてやる!」
「えー、そしてアシタカは長老様のお告げに従い、とっても可愛い眼をしたヤックルと、その呪いを解く手がかりを求めて旅に出るわけですね…って何の話しでしたっけ」
「いや、客先のクソ部長、ちゃぶ台返ししてきやがった。社内調整がなんたらこうたらグダグダ言われて、結局失注になったよ…あぁ、どうすんだよ、今月の予算…俺の時間を返せ…」
「えー、そうなんですか、じゃあアタシの仕事もしばらくヒマになりそうですね」
「…なんか、心なしか喜んでないか?」
「そんなことないですよ、とてもとても残念で」
「なんだその棒読みは…そして言葉とは裏腹に、目がキラキラ輝いてるな…まあいいや。あぁ、それにしても、うまくいかねえなぁ…ほんと」
「まあ、いいじゃないですか。先方に『貸しを一つ』ってことで」
「そりゃはそうなんだけどさ、次に会ったら嫌みの一つでも言ってしまいそうだ…」
「まあまあ。そこまで怒るってことは、先方もある程度は仕事出すつもりだったんでしょ?」
「そりゃそうだよ。そうでなけりゃ、誰が好きこのんで午前3時までキラキラ吐くまで接待するかよ」
「え?明け方の錦で潰れるのは、実利を兼ねたライフワークだと思ってましたけど…違うんですか?」
「うるさい」
「アハハ、最近必ず3軒目は同じお店の領収書ですもんね。ほんと、男性は分かりやすいというか…」
「ますますうるさい」
「アハハ、ほんとうのことを突かれると、人は怒るって、まさにその通りですね」
「ほんとうるさい…ほっといてくれよ…それはそうと、うまくいかないもんだなぁ。なんか、ガックリきちゃったよ」
「まあまあ。悪く捉えようとしたら、いくらでも悪く考えれますよ。『貸しをつくった』『次の切り札をもらった』くらいでいいんじゃないですかね。相手も何がしか申し訳なさを感じてるはずだから、下手にタタリ神になったりしない方がいいですよ」
「うぅ…でも、このやるせなさ…勝手に黒い手足が身体じゅうから生えてきそうなんですけど」
「無理に堪える必要もないと思いますけど、相手には相手の都合があったとあきらめて、淡々と次に向けた話をしてみたらどうです?」
「まあ、実際にはそうなんだろうなぁ。過ぎたことをどうこう言ったところで、いい結果は何も生まないからなぁ」
「そうそう。わざわざその話題を引きずって、先方の罪悪感を刺激することないですよ。罪悪感には、放置が一番。これ、鉄則です」
「お、おぅ…なるほど…放っておいて、次にいつ『貸し』を回収するか、考えるよ」
「それもいいんですけど、無理に回収しようとしなくてもいいんじゃないですかね。簡単に『切り札』を切らない営業の方が怖いですよねぇ」
「ん?簡単に切らない?」
「アタシ思うんですけど、スペードのエースは切らないからこそ価値があるんですよ。切ってしまったら、もう後には何も残らないじゃないですか」
「なんだそりゃ」
「スペードのエース、つまり『切り札』はずっと持っているからこそ、相手にいろいろ考えさせることができるわけで」
「ふーん、そういう考え方もできるもんか」
「そうそう。表現を変えると、相手との信頼関係の積み重ね方って、金利でいう複利のようなものだと思うんですよね。手に入った『貸し』や『信用』をすぐに使ってしまうと、もらいが少ないというか。いかに、それをずっと持ち続けられるかがカギ、というか」
「あぁ、なんとなくわかるわ。言われてみれば、無意識的にやってるかも」
「でしょ?ちょっとコトが大きくなると、それが見えなくなるだけで。一度キチンと話をしたら、それで手打ちにしておいた方がいいような気がしますけどね」
「平然と『手打ち』とか使うな…任侠のワードやないか」
「任侠でも、山椒でも何でも、とどのつまりは何でも同じですよ」
「そんなもんかね…でも、この胸のモヤモヤとやるせなさをどうにかしたくなっちゃうんだよね。わだかまりというか」
「まぁ、そういうときは甘いものでもたべて、ゆっくりすることですよ。そういえば、今日お客さんに芳光のわらび餅持ってきてましたよ」
「おぉ、芳光…ぷるぷるの…あとで頂くとするよ」
「ええ、どうぞ。ただ、お餅の方はアタシが頂いちゃいましたので、きな粉なら残ってます」
「は?なんだそれ?…許さん…」
「あ、まずい、黒い手足がたくさん生えてきてる!アシタカを連れてこないと…」