大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

なんで男って生きものは、素直に「ごめんなさい」が言えないんですかね、と彼女は言った。

(ガチャガチャガチャ…ターン…ガチャガチャガチャ…)

「…………」

(ターン…ガチャガチャガチャ…ターン…)

「なんだなんだ、さっきから。ガチャガチャとタイピングうるさいな。それに、そんなに強くEnterキーを叩くと壊れるぞ」

「ふんっ、壊れないですよ、アタシ専用の特大Enterキーですから」

「なんだそりゃ」

「そんなことはどうでもいいんですけど!!ほんと、なんで男って生きものは、素直に『ごめんなさい』って言えないんですかね?」

「お、おぅ、なんでだろうな…って、それを男の俺に聞くのだ…?」

「だって、女の人に聞いても分からないじゃないですか!」

「あぁ、それもそうだな。何か『ごめんなさい』を言ってくれない出来事があったの?」

「聞いてくださいよ、この月次の経費報告シート!締め切りまでに入力してくれないし、入力されててもアタシが見ても間違ってる数字ばっかり!」

「あ、俺もまだ入力してないや」

「それは諦めてるからいいです」

「えぇ…それはそれで悲しいんだけど…でも、まあみんなお客さんの対応を優先しちゃうから、事務手続きは忙しくて忘れたり、間違えたりすることもあるよね。人間だもの」

「ええ、人間だもの。忘れたり間違えたりすることは、別にいいんです。アタシの怒りポイントは、そこじゃないです」

「え、そうなの?」

「そうです。別にアタシも忘れるし、間違えるし」

「ん?人生を?」

「別に人生は間違ってないです!…って、そうじゃなくて、せっかくこっちが忙しい中、指摘してあげてるのに、ほんっっっっっっっとに、謝らないんですよ、男の人って」

「女性は謝るの?」

「ええ、普通に。ごめんねーって」

「…で、男の人は?」

「聞いてもないことをグダグダ言い返してきます。『やろうと思ってたところに大事なお客さんから連絡がどうのこうの』だの、『シートのレイアウトが見にくい』だの、言い訳とかすり替えばっかり。一言、『ごめんね、すぐやるわ』って言ってくれれば済む話なのに、何なんですか、ほんと」

「…あ、ごめん、大事なお客さんから着信が…」

「スマホ鳴ってないです!分かりやすすぎるエア着信やめてください!」

「あぁ、ごめんごめん、心の願望が具現化したような気がして…まあ、でもあるよなぁ…我が身を振り返っても」

「なんでなんですかね?」

「うーん…やっぱりプライドなのかなぁ…?」

「ホント迷惑ですね…そこらへんのカラスか野良猫にでも食わせちゃってくださいよ、そんな無駄なモノ」

「いやー、男はプライドで生きてるようなもんだからなぁ…」

「なんでなんですかね?」

「うーん…いろいろあると思うけど、やっぱり競争心が悪い方に出ると、そうなる気はするよね。優秀でないといけない、認められないといけない、弱みを見せてはいけない、だから、ミスを指摘されたら言い訳して正当化して、自分を保とうとする」

「うわ、めんどくさ…」

「よかったじゃん、いま気付いて。世の中の半分は、そのめんどくさい生きものでできているんだから」

「まあ、たしかに…でも、なんでそんなに競争したがるんですかね」

「なんでだろうなぁ…うーん。改めて考えてみると、小さい頃からの積み重ねかもしれない。小学校とかでは、テストの点数、足の速さ、話のおもしろ…いろんなパラメーターで、競わされていたような気はするな」

「へぇ…」

「それが大きくなっても、学歴や年収や住居や仕事に変わるだけなのかもしれないなぁ。小学校のとき、牛乳瓶のフタをメンコにして、誰が一番上手くひっくり返せるかを競ってたけど、大人になってもやっていることは変わんないのかも。メンコが仕事や年収とかになるだけで」

「あぁ…男の子って、そうでしたね…なんか、思い出しました。アタシの記憶では、机の上で消しゴムをデコピンで弾いて、相手の消しゴムを落とすゲームが、すごい流行ってました」

「やってたわ、それ。消しゴムに滑り止め塗ったり、画鋲を刺して回転できるようにしたり、しまいには絶対使い切れなさそうな巨大な消しゴムを買ってくる奴が現れたり、いろいろしてたな…懐かしいな…」

「なんか本題から脱線してる気がしますけど…それはいいとして、なんでみんな、そんなに競いたがるんですかね」

「なんでだろう…不思議だよな」

「何のために、競争するんですか?」

「んー…消しゴムやメンコはそれ自体が楽しいってのもあるけど、競争するのは、やっぱり勝つと人気者になれるから、かなぁ」

「へぇ。そうなんだ。じゃあ、負けると人気者になれない、と」

「うん、そう思ってるかも…それは今もずっとだな、きっと」

「人気者になれないと、何がダメなんですかね」

「なんでだろう…人気者の方がいいよね、やっぱり」

「人気者って、なんですかね」

「周りに人がいっぱいいる人のことかな」

「じゃあ、競争に負けると、周りに人がいなくなって寂しいから、イヤだ、と」

「あぁ、そうかもしれない。競争に負けたら、誰もチヤホヤしてくれなくて、寂しくなってしまうから、ずっと競争してるのかも」

「それは女性にも言えそうですけどね」

「たしかに。けど、競争に負けたら生きていけないっていう観念は、やっぱり男性の方が強いのかなぁ。歴史的、社会的なものもあるのかもしれない」

「じゃあ、男性が素直に『寂しい』って言えたら、今回のアタシの怒りのような無駄なイザコザはなくなるかもしれないですね」

「うわ、ハードル高いな、そりゃ。負けを認めるようなもんだもんなぁ」

「いいじゃないですか」

「いや、相当難しいぞ、男性にとってそれは」

「え、でも最悪なのは、『周りに人がいなくて寂しくなること』なんですよね?別に『負けること』が最悪なわけではないんじゃないですか?さっきの話でいくと」

「うーん…たしかに。どうしても、その二つが結びついてしまうなぁ」

「勝ってても孤独な人はいるし、負けてても温かい人はいます」

「そうだなぁ…もう少し、男性が素直に『寂しい』と言えたら、世の中はその分だけ、緩むのかもしれないな」

「そうかもしれないです」

「そうだな、肝に銘じておくよ」

「はい、そうしてください。そういえば、シートの入力、今日中に終わらせておいてくださいね」

「いや、だってほら、今週はさ、お客さんのデザインコンペの締め切りで忙しくて…」

「え?こういうとき、なんて言うんでしたっけ?」

「…うぅ…ごめんなさい…」

「よくできました!」