(…きこえますか…きこえますか…午後の睡魔と闘う…在宅ワークのみなさん…いま…みなさんの…心に…直接…話しかけています…睡魔と闘うには…甘いものです…お菓子がなければ…ジャムや…はちみつなどでも…ワイルドに…いっちゃってください…きこえますか…)
「なんだ、みなさんって…メッセージの送信先が俺しか入ってないぞ。在宅とはいえ、一応勤務時間中だぞ」
「えー、相手してくださいよ」
「しかも、糖分取りすぎると眠くなるし、逆に調子悪くなる気がするぞ」
「そうですかね?アタシは甘さにまみれるほど、調子出ますけど。それはそうと、暇なんです」
「月末だぞ、せめて仕事してるふりしてなさい。ネットサーフィンはログを取られているぞ」
「まあ、取られたところで、どっちでもいいです。今日の分の締め作業は終わりましたし」
「あぁ、おつかれさま。まあ、こんなご時世だし、処理する作業自体も少ないわなぁ…」
「それはそうと、アタシ、この在宅ワーク生活で気づいたことがあるんです」
「ほう、まあこれだけ生活様式が大きく変わると、いろいろ気づくよね。で、何に気づいたの?」
「アタシ、在宅勤務に向いてないです」
「そうなの?まだ2週間くらいだっけ?慣れってのもあるだろうし、まだ分かんないんじゃない?」
「いや、結構おなかいっぱいです」
「そうかぁ。3日、3週間、3ヶ月と、『3』のつく期間で人は慣れるっていうし、もう少し経ったらまた変わるような気がするけどなぁ」
「最初は、よかったんです。通勤しなくてもいいって思うと、ここは天国ですかって思えて」
「確かに、通勤がないのはデカいよな。いままで、どれだけそこに時間とエネルギーをかけてたか、思い知らされるよね」
「ええ、ほんとに。でも、ダメなんです…気づいちゃったんです。アタシの怠惰な生活は、ふだんの『日常』があったことで、バランスを取ってたんだって」
「へぇ」
「通勤がないから、いつもよりお布団と長く戯れることができると思うじゃないですか?でも、ダメなんです」
「え、何でダメなの?」
「ギリギリまで寝てて大丈夫かなっていう不安とか、なんか自分がダメになっていく罪悪感のようなものが出てきて、逆にめっちゃ早く起きちゃったりして。苦い緑茶があってこその甘味であって、やっぱり大福とカルピスは合わないっていうか。」
「あぁ、そういう意味でのバランスね」
「で、やることなくて朝5時からNetflix観るんですけど、もう労働意欲が著しく低下して」
「まぁ、ねぇ…そりゃそうだろうな」
「アタシ、通勤がない世界って、バラ色だなって思ってたんです。でも、定時に通勤することが向かない人がいますけど、その逆に自分で全部決めて仕事することが向かない人もいると思うんです」
「あぁ、たしかにそうかもしれないなぁ。周りの空気に乗せられて、仕事をしている面は、誰でも多分にあるよね」
「縛られないとダメって…」
「まあ、それは趣味の問題だからねぇ…自由が好きな人もいれば、縛られた方がいい人もいるよね」
「なんか、『場所と時間に縛られない働き方』って、キラキラしてますけど、実はめちゃくちゃ自分を律する精神力が必要なんじゃ…」
「そうだと思う。『怠惰を求めて勤勉に行き着く』じゃないけど、縛られずに結果を出せる人って、相当な精神力なり胆力で、自分を律してると思うわ」
「えぇ…なんか、夢が無い話です…」
「まあ、我々のような雇われる立場と、経営者ではまた違うだろうしね」
「そんなもんですかね…」
「でも縛られる環境だと、どうしても才能を発揮できない人もいるだろうしね。一度やってみる、経験してみるってのは、すごくいいことじゃないのかなぁ。向いてる・向いてないってのが、分かっただけでも大収穫というか」
「そうなんですけど…なんか、ショックです…在宅勤務って、憧れだっただけに。コロナが落ち着いたら、カフェとかでノマドワークとかもできるかもしれないのに…」
「欲しかったものが、手に入れた途端に色褪せて見える…うまくいかないもんやなぁ」
「たしかに…アタシ、オンライン化すればたいていのことは解決すると思ってました。オンラインで全てがうまくいくわけでもないんですよね」
「まあねぇ。オンラインはツールに過ぎないからね。4月は『自粛疲れ』だったけど、5月は『オンライン疲れ』が蔓延するかもね。何となく、だけど」
「もう疲れてます」
「疲れちゃうよね。結局、今の状況って、『オンラインや在宅の影響でそうなった』というより、『もとからそうだったものが顕在化してるだけ』のような気がするなぁ」
「えー、そうなんですかね」
「だからこそ、自分の在り方がなおさら問われている、というか」
「ふーん…で、どうなんですか、やっぱり在宅は快適ですか?」
「いや、やっぱり俺も縛られてる方がいいみたい」
「えぇ…やっぱりドMだ」
「お互いにな」