夏の陽光が、透き通ったその足を伸ばしていた。
イギリスはグッドウッド競馬場を映し出す画面を、見ていた。
世界で最も美しいと称されるその競馬場は、この夏の開催が白眉だそうだ。
「グロリアス・グッドウッド開催」とも称される、その美しい風景。
未だ訪れたことのない、その地の美しき夏を、画面越しに想う。
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日本から遠く9,000km以上も離れたそのイギリス・グッドウッド競馬場に、6歳牝馬・ディアドラがGⅠ・ナッソーステークス(3歳以上牝馬、芝・1,980m)に出走する。
前年の同レースを制しているディアドラには、連覇の期待がかかる。
サラブレッドが極力走りやすいように設計されている日本とは異なり、欧州の競馬場は大自然をそのままコースにしてしまったような趣がある。
いびつなコースレイアウトで、芝足は深く、不規則に上っては下る坂。
おおよそ日本とは全く異なる資質を求められる欧州で、ディアドラは戦いを続けている。
ましてこのコロナ禍の中で、海外遠征を続ける陣営の努力には、頭が下がる。
鞍上は、前年同様にオイシン・マーフィー騎手。
私は少しの緊張を覚えながら、ゲート入りを眺めていた。
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ゲートが開く。
飛び出したのはランフランコ・デットーリ騎手の駆る古豪・マジックワンド。
7頭立ての6番枠から出たディアドラは、外目から2番手の集団に取りついて行く。
内にフランス・オークス馬のファンシーブルー。父はあのディープインパクト。
6連勝中のナジーフは中団あたり、後方からワンボイス、ラベンダーズブルーあたりが追走する。
現地時間は15時半くらいだろうか。
美しい午後の陽射しを浴びながら、疾走していく7頭。
最終コーナーまでほぼ直線だが、緩やかに坂を上っていく。
スタミナとパワー、持続力と底力が要求されていそうな、その道中。
ディアドラは、変わらず外目の3,4番手を追走している。
最終コーナーに差し掛かり、各々のジョッキーの手が激しく動く。
長い直線。
先頭はマジックワンド、それをファンシーブルーが追う。
ディアドラは3番手あたりに上がる。
その後ろの馬群が一団となる。
ファンシーブルーが交わして先頭に立つ。
ディアドラは苦しそうに、後退していく。
外目からワンボイスが脚を伸ばして、ファンシーブルーに並びかける。
しかし、ライアン・ムーア騎手の鞭に応え、ファンシーブルーは粘る。
陽光の中、どこか静止画を見ているような感覚に襲われる。
抜かせない。
ファンシーブルー1着。
クビ差の2着にワンボイス、少し離れた3着争いは青い勝負服のナジーフが制した。
ディアドラは最後の直線で失速、最下位7着での入線となった。
しかし、この情勢の中、遠く離れた地で挑戦を続けるディアドラと陣営には、称賛以外ないだろう。
秋の大一番・凱旋門賞が目標と伝えられているが、引き続きその挑戦を応援したい。
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そして、何より勝ち馬のファンシーブルー。
今日、7月30日は、彼女の父である空飛ぶ七冠馬・ディープインパクトの命日である。
偉大な英雄の一周忌に、遠くイギリスの空から孝行娘の勝利の報が届く。
あまりにも、できすぎた話だ。
「死んだ種牡馬の仔は走る」
使い古され、手垢にまみれた、その競馬の格言を思い返す。
空飛ぶ想い出は、美しき陽光とともに。
あらためて、その偉大な父の走りを思い出す。