誰にでも、五感の中で鋭敏な感覚と、そうでない感覚がある、と以前書いたような記憶があるが、私にとって聴覚はどうなのだろう。
確実に鈍いと思われるのが「嗅覚」なのは、これまでの経験からして何となく分かるのだが、それ以外はどうなのだろう。
聴覚は、多分にその人の美意識なりと絡んでくるような気もする。
どれだけ聞こえるか、よりも、何を聞き取れるか。
それを言えば、他の感覚も同じなのだろうか。
=
いつの頃からか、不意の大きな物音が極度に苦手になった。
何かが倒れる音、突然のクラクション、扉がバタンと閉まる音…そういった音に、身体がすくんでしまうようになった。
時に、息子に「おとう、びびりすぎ!」と怒られてしまう。
そうは言っても、身体が反応してしまうものは仕方がない。
大きな物音は苦手だ。
静かに落ち着ける空間が好きだ。
=
いつの頃からか、耳鳴りがするようになった。
不惑近くも歳を重ねれば、何がしかの不具合は出てくるものだとは思うが、そもそも耳鳴りとは不具合なのだろうか。
何かに集中していたり、他の音があるときは気にならないのだが、ふとした時に鳴っていることに気づく。
それは、少し高い金属音のようにも聞こえるし、耳を澄ませていると蝉の鳴き声のようにも聞こえる。
考えてみれば、何が雑音で、何が美しい音なのか。
蝉の声をノイズとする人もいれば、その中にいまは亡き人の声を聞く人もいる。
世界を色づけるのは、その人でしかないのか。
見上げれば、蝉の声が空に吸い込まれていく。
耳鳴りではなくて、本当の蝉の声のようだ。
どこか、懐かしい人の声に似ていた。