大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。それでも、愛することを諦めきれないあなたへ。

ユニクロの思い出。

有名デザイナーとコラボしたユニクロのブランドが、瞬殺だったという。
例のごとく、メルカリ、ヤフオクでの転売祭りも盛り上がっている。

昔はよく、「安かろう、なんとやら」、「着れるのはワンシーズン」、「ユニクロ(笑)」と揶揄されていたが、気付けば品質もコストも、他の追随を許さないものになっているのは、確かだろう。

翻って考えるに、ユニクロはいつの間に、こんなにも確たる地位を確立したのだろう。

思えば、ユニクロは私が「初めて自分で選んで買った服」だった。
だからだろうか、世間一般のイメージよりも、どこか郷愁にも似た、小恥ずかしさのような感覚が、その名前には宿る。

あれは、思春期真っ盛りの中学生2年生のころだっただろうか。

思春期特有の「母親の買ってくる服を着るのが恥ずかしい」問題を、私も人並みに抱えていた。
けれど、スマホもインターネットもない時代のこと、気の利いた服をどこで買ったらいいかという情報は、なかなか手に入らなかったように思う。
近所には総合スーパーがあり、服売り場もあったのだが、それでは母親の買ってくる服と同じである。

しかし、いつの時代にも、どこにでも、情報に聡い者はいるものである。
友人の一人が、「ユニクロ行こうぜ」と誘ってくれた。

「ユニクロとは?」から始まり、仲間の4,5人でその未知の世界へ行くことになった。

交通手段は、中学生らしく自転車である。

いまから25年以上も前だろうか。
当時、私の故郷には「ユニクロ」はなかった。
友人が言うには、かなり自転車で走った先に、郊外店があるという。

市街地を抜け、田んぼの越え、市内を流れる川の大きな橋を渡り。

冬の、風の強い日だったような気がする。
大きな橋の坂、それに向かいから吹く寒風と、悪条件は揃っていた。
けれど、中学生にとっての自転車は、世界のどこへでも行けるような気がするものだ。

それは、自転車のスピードだけがもたらすものでは、ないように思う。

あのころ、その目に映る風景は、いまとは違っていたような気がする。
どこまでも、新しい世界が広がっていた。

ユニクロという新しい世界への期待と、同量の怖れを抱きながら。

ようやくたどり着いた郊外店は、平屋の大きな店舗だった。
その広さに目移りしながら、何を買うかさんざん悩んだ。

結局、薄手の長袖トレーナーを1着だけ買ったように覚えている。

店員さんにお会計をしてもらうのに、なんだかとても恥ずかしかった。
「君がこれ着るの?似合わないと思うなぁ」と言われているような気がして。

思春期特有の、容姿に対する劣等コンプレックスや、自意識過剰がないまぜになった、どこかほろ苦い記憶である。

店を出ると、日曜日の昼下がりの、どこか気怠い日差しがまぶしかった。

自分で選んだそのトレーナーだったが、結局私はあまり着なかった。
衣装ケースの肥やしになっていた。

どこか、着るのがもったいないというのもあったが、「自分で選んだ服」を着てカッコ悪いと思われることを、怖れていたように思う。

「カッコ悪い」というのは、中学生男子にとって致命的である。
まして、自分で選んで「カッコ悪い」ともなれば、「センスがない」も加わり、ダブル役満である。
当時の私の心理も、分からないでもない。

それもあるが、結局のところ、私は着る服にあまり興味を惹かれなかったのだろう。

やがて高校生になり、同級生たちがファッション雑誌を開きがら、長い横文字のブランドの服について議論している横で、私は「Gallop」もしくは「競馬ブック」という、馬の写真と数字の羅列が並んだ雑誌を舐めるようにして眺めていた。

何に心を惹かれるか、だけの違いなのだろう。

着るものにあまり興味がない、そんな私にとって、ユニクロはありがたい「ブランド」だった。

そんな思い出のユニクロだが、いまはいろんなファッションバイヤーの方たちが、たくさんのアイテムを推奨するようになった。
それを見るたびに、ユニクロの企業努力と、成長に驚きを禁じ得ない。

あの日、ドキドキしながら自転車を漕いだ時間を思い出しつつ、ユニクロの服を手に取る。

いい時代になったものだと、改めて思う。

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