師走に入り、冷え込む朝が続く。
早朝に訪れた熱田神宮の空気も、どこか凛としている。
直近で訪れたのはいつだったかと思い、手帳をめくると、2週間前だった。
2週間で、ずいぶんと変わるものだ。
正門の鳥居の大きさを、改めて見上げながら。
今日は、いつもに比べて参道を歩く人が多かったように思う。
神社というのは、不思議な場所だ。
みな等しく、鳥居をくぐり、手をあわせ、目を閉じ、頭を垂れる。
参拝を終えた人とすれ違う。
みな等しく、どこか柔らかな表情と雰囲気をしている。
鳥居をくぐると、誰にもならなくてもいいのかもしれない。
時候は「閉塞成冬/そらさむくふゆとなる」。
雲が重く垂れこめ、ふさぎ込むような天候になることが多い時候。
されど、ここのところ晴天が続く。
秋の高く澄んだ青空もいいが、冬の早朝の凛とした青空もいい。
どこか淡く、それでいて、どこか芯があり。
椿もまた、淡い色をして。
小さい社は、恵比寿様を祀る「事代主社/ことしろぬししゃ」。
少し時間があったので、寄り道をして。
「楠御前社/くすのみまえしゃ」。
楠のご神木が祀られ、イザナギノミコトとイザナミノミコトを祀っているそうだ。
銀杏の落ち葉が、秋の終わりを感じさせる。
とりにちゅうい。
今日は元気な鳴き声が数回聞こえたが、その御姿は見当たらず。
冬の朝、どこかでひっそりと寒さを逃れているのだろうか。
冬の早朝。
その光の加減の美しさに、はっとなる。
冬は、つとめて。
千年も前の歌人の言葉を、想起しながら。
頭を垂れ、手を合わせ、目を閉じる。
何もない時間。
何かをするわけでもなく。
ただ、鳥居をくぐり、参道を歩く。
ただ、頭を垂れ、手を合わせ、目を閉じる。
何もないことをしに、人は神社を訪れる。