「ええ、分かりました…キクチと、セイヤですね…ええ、侍ジャパンと、第3弾のヤツも。あればモリシタも、ですね…はい、そうです、こちらは侍ジャパンのオオノとヨシダ、できればサイン入りが…はい、勝手言ってすいません…ええ、こちらこそ。引き続き、よろしくお願いいたします。はい、では、また…」
(……じー……)
「ふぅ…よしよし、オオノが手に入るのは大きいぞ…」
(……じー……)
「なんだ、そのジト目は…」
「さっきから、何を話してたんですか?おおよそ仕事中らしくない単語と、これまた仕事中らしくないイキイキした表情で」
「は?いやいや、失礼な、いつもめちゃめちゃイキイキと仕事してるだろ…」
「いやいや、いつもは朝のフクロウだとしたら、いまのは獲物に向かって駆けるチーターくらいイキイキしてましたよ」
「なんだそりゃ…チーターはワクワクというより、必死だと思うぞ…いや、そんなことはいいや、大事な仕事だよ、シゴト。お客さんが広島カープのファンで、プロ野球選手カードのコレクターでさ。ご所望のカードを聞いて、集めてるのよ」
「ふーん…なんか、さっきの会話、こっちからも要求事項を出してたような…オオノとかヨシダとか…」
「いや、それはセレンディピティだよ、今風に言うと」
「は?」
「いや、行き掛けの駄賃だよ。自分も好きだからさ、プロ野球選手のカード。なかなかオオノとヨシダが出なくてさ」
「へぇ…趣味と実益を兼ねているわけですね…ほんと、前時代的な営業しますよね…」
「うるさい。しょうがないだろ、ロートルなんだから」
「まあ、そうですね」
「…いや、そこは否定してくれよ」
「なんですか、めんどくさい。それより、なんで男の人は、そんなムダなものを集めたがるんでしょうね」
「は?ムダ?何を言ってるんだ、プロ野球カードはいいものだぞ!眺めてニタニタしたり、並べてニタニタしたり…」
「ニタニタしかしてない…でも、カードに限らず、フィギュアとか、釣り竿とか、ゴルフクラブとか…」
「釣り竿とか、ゴルフクラブとかは役に立つだろ。それを言ったら、女性だってコスメとか、服とか靴とか、集める人は多いだろ」
「まあ、集める人はいますね。アタシはコンビニコスメ・ファストファッション万歳なんで、該当しないですけど」
「うーん、それを言ったら、個々人による、って結論になっちゃうのかね。男の人だからっていうと、狩猟時代の本能の名残みたいな説明はできそうだけどな」
「なんか、それもステレオタイプな説明で、あんまり面白くないですよね」
「面白くなくても、本能ってそういうもんじゃないの。ほら、高タンパクの木の実があったら、すぐに食べて身体に蓄えるのがベストだったから、現代人も甘いものや脂肪分を必要以上に摂取するのをやめられない、みたいな」
「うーん…どうなんでしょうね。たしかに、説得力はありますけど」
「だろ。でも、なんかこじつけというか、後付けのような気もするけどな」
「でも、話しは戻りますけど、女性が集めるのって、実用的なものが多いのかもしれないですね。キッチン用品やお皿しかり、アクセサリーしかり、手提げ袋しかり」
「たしかに…なんで、あんなに大量の手提げ袋を集めるのか、謎だよな…」
「それに比べて、フィギュアとか、プラモデルとか、カードとか、牛乳瓶の蓋とか…何の役にも立た…いや、実用的じゃない者が多いですよね、男性が集めるのは。なんで、そんなものを収集するんですかね」
「うーん…収集するのは、自分が優れたハンターだということを、まわりに誇示するため…」
「まあ、そうでしょうね。ネズミを捕まえて、誇らしげに持ち帰ってくるネコと一緒でしょうね」
「あるいは、自分の寂しさを埋めるため…」
「まあ、それもあるでしょうね。たくさんのモノがないとダメなのは、どこか心のコップに穴が開いているのかもしれない」
「あるいは、競争心を満たすため…」
「あるでしょうねぇ…『見ろよ、一番キレイだろう?』って羽根を広げるクジャクと同じかもしれない」
「うーん…」
「自分が優れた存在であること、あるいは有用なオスであること、それを証明するために、役に立たないものを集める…ものすごい悲哀に満ちたパラドックスですね」
「なんか、悲しくなってきたな…」
「まあまあ、いいじゃないですか、集めてて楽しいなら」
「そうだな、楽しければ、それが一番だな…」
「そうそう。それにもしかしたら、自分が役に立たないから、それを投影して、役に立たないものを集めてるのかもしれないですよね」
「コラ、さらっとトドメを刺すな!」