仕事とは、ある意味で刺激物です。
自分の心のなかに、何か「足りない」と感じていたりする部分があると、私たちは「ワーカホリック」の心理にはまります。
その心理をゆるめ、才能やライフワークを考える視点をお伝えします。
名著「傷つくならば、それは「愛」ではない」(チャック・スペザーノ博士:著、大空夢湧子:訳、VOICE:出版)の一節から。
1.あなたがワーカホリックなら、まだ過去を手放していない
仕事がよくできると、働いているときの自分が最高だと感じるようになるのは、よくあることです。
でもワーカホリックというのは、まだ手放していない過去の葛藤や判断、痛みなどの不快な感情をうめあわせようとする行為です。
それを手放したとき、仕事の分野でのバランスが自然にとれてきます。
するとちょうど十分なだけ働くようになり、内面からどのような感情がわきあがってきても、それに対処する勇気をもつようになるのです。
もし、いまよりもあなたの真実に近く、効果的な働き方をしたいのなら、いまだに過去の何にしがみついているのかを見いだし、それを手放すことです。
「傷つくならば、それは「愛」ではない」 p.311
2.「ワーカホリック」の心理
「ワーカホリック」の心理
今日のテーマは、「ワーカホリック」でしょうか。
日本語にすると、「仕事中毒」。
はい、私もとてもお世話になっている心理です笑
仕事、というのは、ある意味で刺激物です。
何がしかのトラブルや困難があって、周りからの評価があって、やりとげたときには達成感があって…いろんな刺激が、仕事には詰まっています。
それが過剰になるとストレスフルにもなりますが、仕事の上での評価や達成感というのは、クセにもなります。
そして、やがてそれが、どこか自分の中に空いている「穴」をふさぐために使われるようになるのは、容易に想像がつくのではないでしょうか。
自分には何か足りないものがあるんだけれど、仕事の上で評価や結果が出ているときは、それを感じなくて済む。
しかし、仕事を離れると、そのぽっかりと空いた穴が見えてしまう。
だから、できるだけ「仕事の自分」で長くいようとする。
長時間の仕事、休まないなどの、まさに「ワーカホリック」な行動につながるわけです。
それは生活習慣のように静かに、しかし確実に、私たちをハードワークに駆り立てます。
「仕事を頑張る」というと、誰もが悪いことだとは思いませんし、なかなかそれを止めようと思っても難しいわけです。
これが、飲酒や喫煙、ギャンブルといった刺激物だと、明確な副作用があるので、分かりやすいのですが、「ワーカホリック」は一見すると「いいこと」のように見えるのが、クセ者といえるかもしれません。
気づけば、自分の容量を超えていたり、あるいは休もうと思っても休めなくて、体調に影響が出たりしてしまいます。
ハードワークに駆り立てる「穴」とは
そんな「ワーカホリック」の心理ですが、私たちをハードワークに駆り立てる「穴」とは、何でしょうか。
その「穴」とは、自己否定であったり、根源的な寂しさであったり、過去の傷や痛みである場合が多いようです。
まあ、そのどれもが、似たようなものかもしれません笑
たとえば、寂しさ。
仕事をしていると、否応なく他人と関わります。
自分一人だけでできる仕事とは、仕事とは言わないでしょうから。
顧客であったり、同僚であったり、上司であったり、取引先であったり。
仕事をしていく上では、いろんな人と関わります。
自分の中に、根源的な「寂しさ」があると、仕事の上での人とのかかわりが、それを和らげてくれるように感じることがあります。
私自身、そうでした。
仕事という、ある意味で明確な目標がある中で、人とかかわるのは、どこか連帯感を感じるものです。
もちろん、先に書いたように、「ワーカホリック」の心理はしんどいことも引き起こすのですが、そこで得られていたものも、間違いなくあるのではないかと思うのです。
私がどんな心理的な問題を考えるときも、それは変わらない視点なんですけれどね。
まあ、だからといって「ワーカホリック」を続けていると、やはりしんどくなりますし、それを我慢していると、どこかで糸が切れてしまったり、燃え尽きてしまったりします。
そうなる前に。
自分の心の「穴」を自覚しながら、その穴を塞ぎつつ、少しずつ習慣を変えていく。
ある日突然「ワーカホリック」をやめよう!と思っても、難しいものです。
その反対に、心身の限界がくるなどして、強制終了になるパターンが多いのかもしれません。
そうなる前に、ソフトランディングができるといいなぁ、と思ったりもします。
3.バランスは取るものではなく、勝手に取れるもの
「ワークライフバランス」という言葉を聞くようになって、久しいものです。
私が社会人になったころから聞いている気がしますので、もう20年以上も経つのでしょうか。
仕事、家庭、お金、友人、趣味…自分自身の人生を、どうバランスを取っていくかは、やはり難しい問題です。
「ワーカホリック」の心理を考えるときに、それがやがて自分の心身を壊してしまうかもしれない、という視点とともに、そうした人生の時間のバランスを崩してしまう、という視点もまた重要です。
それは、自分の「ライフワーク」を考える、という意味でもあります。
長時間の仕事が続くということは、それだけ、その他の時間が取れなくなることを意味します。
1日24時間なのは、どんな人でも変わらない真実ですから。
しかし難しいのは、「バランスを取ろう」と自分が思っても、なかなか取れない、ということでしょうか。
自分で「ワーカホリックをやめよう!」としても、「そうはさせないぞ!」的なできごとが重なるのは、あるあるな話ではないでしょうか。
言ってみればそれは、「綱渡りをしながらジャグリングしている状態」で、バランスを取ろうとしているようなものかもしれませn。
まずは、そのジャグリングをやめること。
そのジャグリングが、先に述べた「穴」なわけです。
その「穴」とは、何なのか。
ハードワークをしていることで、何を得たいのか。
何が、足りないと思っているのか。
それを足りないと感じるのは、どうしてか。
そうしたことに、丁寧に向き合っていくことが、結果として早いのでしょう。
それは、自分自身の人生を問い直し、再構築する作業といえます。
それは、なかなか自分一人ではできないことかもしれません。
カウンセリングやコーチング、いろんな人の力を借りていいと思います。
そして、その先に「ライフワーク」が見えてくるのだと思います。
そのとき、その自分にとって、ベストなバランスが勝手に取れるのでしょう。
「ライフワーク」を考えるときに、その「穴」はかけがえのない財産になります。
そこにこそ、自分自身の宝の山が眠っています。
自分をワーカホリックに駆り立ててまで、埋めたかった「穴」。
それはまさに、かけがえのない才能の一端です。
「問題の裏には才能がある」という格言の通りです。
私のカウンセリングでは、そうした視点をいつもお伝えしていきたいと思っています。
今日は、「ワーカホリック」の心理について、お伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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