関係が近い人とのコミュニケーションの中で、「痛み」を感じることがあります。
それは実は、その人が原因ではなくて、過去の別の人との関係の中で感じた「痛み」かもしれません。
それを、パートナーシップは癒してくれるようです。
名著「傷つくならば、それは「愛」ではない」(チャック・スペザーノ博士:著、大空夢湧子:訳、VOICE:出版)の一節から。
1.コミュニケーションの真髄は、「いまの痛みのルーツは過去の関係にある」と気づくこと
人間関係の痛みやうまくいかないことについて分かちあいはじめると、こうした認識に気づきはじめます。
あなたとパートナーがおたがいに援助しあおうとすれば、どちらも悪くないことに気づくはずです。
もしパートナーの痛みはあなたが原因でなくとも、相手が解決するのを援助してあげることができます。
誤解や過去の痛みをすすんで分かちあいましょう。
過去の関係から生まれた観念や、生きのびるためにつくりあげたルールも、すべておたがいに分かちあいましょう。
「傷つくならば、それは「愛」ではない」 p.182
2.過去の痛みを、いま関係で再現している
今日のテーマは、「過去の痛み」でしょうか。
誰かとコミュニケーションを取る中で出てくる痛みについて、考えていきます。
その痛みは、いまの関係が原因ではない
誰かとコミュニケーションを取っていると、ある種の「痛み」を感じることがあります。
それは、「私のことを分かってくれない」という孤独感だったり、
「どうせ私のことなんて、尊重されない」という無力感だったり、
あるいは「私といると、申し訳ない気がする」という罪悪感だったりします。
それは、遠くの関係よりも、パートナーシップのような近しい関係において、よく感じます。
たまたま地下鉄で隣に座っていた人に、そんなこと感じないですもんね。
しかし、今日の引用文のタイトルでは、そうした痛みのルーツが、実は過去の関係にある、といいます。
いま感じている痛みは、いまの関係が原因ではなく、過去の関係が原因である、と。
これ、なかなか受け入れがたいですよね。
だって、どう考えたって、目の前の人が何かしたせいで、自分が何らかの痛みを感じているんですから。
けれども、今日のテーマでは、それは逆だ、といいます。
過去の関係に何らかの原因があり、そしてそれを癒すことができるのが、いまの関係である、と。
これは、なかなか自分一人では、気づきづらいものです。
だって、どうしたって、目の前の人が原因で、こんなに苦しいんだもん、と考えたくなるのが、人情ですよね笑
けれども、「その痛みは、いつのものだろう?」と、自分の内面と向き合ってみることは、大きな意味があります。
それは、いつの痛みだろう?
私たちは、過去の体験で抑圧してしまった感情を、心の奥底に溜め込んでしまいます。
先の例でいえば、「分かってくれない」という孤独感や、「尊重されない」という無力感や、「申し訳ない」という罪悪感といったものですね。
こうした痛みがイヤで、感じたくないがゆえに、自分のなかに抑えこんでしまうことがあります。
しかし、そうした「感情」は、時間が経ってもなくなることはありません。
これまで、何度か「感情」の記事で書いてきた通りですね。
そうして抑圧された「感情」があると、私たちはその「感情」を感じるためのシチュエーションを、外の世界につくりだします。
これを、「投影」という視点で見ることもできます。
内面に抑えこんだ「感情」を、外の世界をスクリーンにして映し出すわけですね。
さて、そう見ていくと、先ほどのような「痛み」を感じたときに、こう問うことができます。
「目の前の人は関係ないとしたら、この痛みは、いつのものだろう?」
「分かってくれない」、「尊重されない」、「申し訳ない」…などなど、そう感じた過去の体験がないか、もう一度考えてみるわけです。
カウンセリングでも、「同じような感じたことが、以前にあったりしますか?」と質問したりすることもあります。
過去の誰かとの関係の中で、同じような痛みを感じたことが、見つかることがあります。
それは、両親との関係のなかの体験かもしれません。
幼いころの、友だちとの関係で、感じたことかもしれません。
学校の先生との関係で、起こった体験かもしれません。
いずれにせよ、いま感じている「痛み」のルーツを見つけることができたら、それを積極的に感じていくことです。
「分かってくれなくて、寂しかった」
「弟よりも大切にされていないようで、悔しかった」
「申し訳ないと感じないように、もっと愛してほしかった」
そうした「痛み」は感じていくほどに、必ず抜けていきます。
「感情」がそうであるように、どれだけ時間が経っていても、感じることで解決していきます。
3.「痛み」を分かちあうパートナーシップ
さて、こうして自分の「痛み」のルーツと向き合うことは、とても勇気がいるものです。
一人でやろうとせずに、信頼できる誰かに聞いてもらったりすることも、大切なことです。
誤解や過去の痛みをすすんで分かちあいましょう。
過去の関係から生まれた観念や、生きのびるためにつくりあげたルールも、すべておたがいに分かちあいましょう。
理想は、引用文にこうある通り、パートナーとその痛みを分かち合うことです。
けれども、なかなか難しいですよね。
とくに、「誤解や痛みを分かちあう」というのは、とても成熟したパートナーシップが求められます。
言ってみれば、相手に自分の弱みを見せることのように感じるかもしれません。
頑張り屋さんで、相手のために何かしてあげたい人ほど、「自分のことなんて…」と思ってしまいますよね。
えぇ、よく分かります笑
いきなりそれをしようとしても、難しいかもしれませんから、信頼できる誰かに話すことから始めたり、カウンセリングで練習してみることも、有効かと思います。
いずれにせよ、そうした過去の痛みは、その過去の相手ではなくて、いま目の前にいる人が、癒してくれることがあります。
もしパートナーの痛みはあなたが原因でなくとも、相手が解決するのを援助してあげることができます。
引用文にも、ある通りですね。
あなたが原因でなくとも、相手が解決するのを援助することができる。
その逆に、相手が原因でなくても、私の痛みを解決するのを、相手が援助してくれることもできるです。
パートナーシップの、とても素晴らしいところですよね。
今日は、「過去の痛み」とパートナシップについて、考えてみました。
もしかしたら、その痛みは、目の前の人が原因ではないのかもしれません。
そう考えることは、少し視野を広げてくれるのではないでしょうか。
今日もここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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