競走馬は、どの馬よりも早く先頭でゴールするために走る。
もちろんクラシックのトライアルレースだったり、ヨーロッパでよく使われるラビットと呼ばれるペースメーカーであったり、そうではない場合もある。
そんな例外もあるけれど、ほとんどの競走馬は最も早く先頭でゴールするためにレースに出走する。
そのためにゴールまでのペース配分だったり、位置取りであったり、騎手と折り合いをつけたり、一緒に走る他の馬の走るペースであったり・・・いろんなものとの駆け引きをしながら、先頭でゴールを駆け抜けることを目指す。
それが多数の馬が一緒に走る競馬というものだ。
しかし、ときにそんな常識が通じない異才が現れる。
1998年、サイレンススズカ。
有り余る才能を持て余した無冠の4歳。
年明けて5歳になった彼と、前年12月の香港で初めてコンビを組んだ武豊騎手は、彼の行く気を抑えずにスタートから大逃げする戦法に出る。
ゲートが開いた刹那から、その異能の快速韋駄天をブッ飛ばして逃げまくった。
2月・東京競馬場。
オープン特別・バレンタインステークス、1着。
3月・中山競馬場。
GⅡ・中山記念、1着。
4月・中京競馬場。
GⅢ・小倉記念、1着、かつレコード。
そして迎えた、5月末の中京競馬場・GⅡ金鯱賞。
前年の菊花賞馬で4連勝中のマチカネフクキタル、すでに重賞2勝を挙げていたミッドナイトベット、休み明けだが前年から重賞含む4連勝中のタイキエルドラド、そして3連勝中のサイレンススズカと好メンバーが揃った。
しかし稀代の快速は、世代最強の菊花賞馬にも後の香港G1馬にも古豪にも、影すら踏ませず2着に1秒8の「大差」をつけて圧勝。
もう誰にも止められなかった。
誰にも真似できなかった。
金鯱賞のレースの名前を聞くと、あのサイレンススズカの美しい栗毛の馬体が躍った1998年の映像を観たくなる。
サイレンススズカの走りを見返していると、彼は本当に逃げていたのかと訝しがってしまう。
どこまでも気持ちよさそうに、その快速を飛ばして走った結果、たまたま逃げていたように思える。
逃げようとして走っていたんじゃない。
自分の走りたいように走った結果が、たまたま先頭を走っていただけ。
いろんな方面でトップランナーと呼ばれる人たちの多くは、皆そうだ。
結果なんて気にしていない。
周りがスローペースだろうが、ハイペースだろうが、重馬場だろうがインコースが荒れていようが、新馬戦だろうがグランプリだろうが、自分の走りを貫く。
それが誰にどう評価されるかなど、微塵も考えてなどいない。
私は自分の道のど真ん中を走る。
ただ、それだけ。
ためらうな。
恥じるな。
比べるな。
出し惜しみするな。
結果から入るな。
駆け引きするな。
まっすぐに行け。
そうだ、そのまままっすぐに走れ。
ただただ、己の道のど真ん中を走れ。
スズカの息遣いから、そんな声が聞こえてくるようで胸が切なくなる、金鯱賞。
あの衝撃から20年。
変則開催で中京競馬場で開催された小倉記念、そして金鯱賞と連勝した衝撃を伝えるため、中京競馬場にはスズカの連勝を称えたモニュメントがファンを出迎えてくれる。
私のお気に入りのスポット。
私はここを訪れるたび、在りし日のサイレンススズカの雄姿に想いを馳せ、そして瞑目するのだ。