大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

「好きなこと」を見つけるための段階について

いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました。

昨日は私のワーカホリック時代からの実体験に絡めて、「天命追求型」の目標や夢の叶え方について綴らせて頂きました。

この「天命追求型」の目標達成の中で大切なのは、やはり「好きなことは何ですか」ということなるかと思うのです。

けれども、この「好きなこと」を見つけるのには、段階があるようです。

 

「天命追求型」寄りの人にとって大切なのは、「好きなこと」「いまが充実できること」を重ねていくこと。

その積み重ねが、気づいたらとんでもない遠くの地点へと私たちを運んでくれるようです。

それで、この「好きなこと」「いまが充実できること」を見つけるには二つ段階があるように思うのですね。

その段階とは、「傷ついた羽根を癒す段階」と「空を飛び回って好きなものを見つける段階」。

この質問はリトマス試験紙になると思うのですが、

「あなたの好きなこと、何ですか?」

と、テレビか雑誌か何かの街頭インタビューみたいなのに質問されたと想像してください。

その質問をされて、何かイラッとしたり、心の中がざわざわしたり、ムカついたり、答られなくて困るようなら、「傷ついた羽根を癒す段階」の可能性が高いです。

私のワーカホリック時代がそうでした。

「好きなこと」「ワクワクすること」といった言葉を聞くと、「は?何言ってんの?それより忙しいんだけど?」といった感じでムカついたり、周りの人が有休を取って余暇を充実させていたりするのを見てはイライラしたり・・・

あるいは、自分が休みに何かをして楽しむことに、なぜかものすごく罪悪感を覚えたり。

この状態だと「好きなこと」「ワクワクすること」を見つけよう、それをしようと思ってもなかなか見つからなかったり、あるいは見つかったと思ってもアンダーグラウンドなもので、それに依存してしまったりします。

アルコールに依存したり、ギャンブルに過剰なお金を費やしたり、風俗や不倫といった表に出せない性であったり、あるいは万引きなどといったものは嵌りやすく、分かっていても抜け出しづらいものですよね。

私の場合はアルコールだったのかもしれません。

幸いにして私は腕力も弱く、酔うとほどに朗らかになるメリーポピンズタイプなようで、酔ってケンカといった類いのトラブルとは無縁でしたが、ひとたび飲みだすと普段満たされない想いから度を越して飲んでしまい、一人で潰れていたり。

ときには、同行した友人に肩を抱えられて居酒屋から出た瞬間に、マーライオンになってみたり。

ええ、ひどい呑み方でした。
・・・え?いやいや、一人で潰れてるのは今と変わらないというツッコミは受け付けませんが、まあそんなこんなです。

あ、私は決してこうしたアルコールやギャンブルやアンダーグラウンドな性、万引きといったものが悪い、と言いたいわけではありません。
ただ、そうせざるを得なかった状況も時にはあるよね、と思うのです。

その状況をつくりだしているのは、やはり何がしか「心の傷」なわけです。

その傷ついた羽根でバタバタしても、傷がひどくなるだけで「好きなこと」「ワクワクすること」どころではありません。

私の場合はワーカホリックというものがありましたが、それは目に見える表面の部分でした。
その根っこの傷は、親しい人を立て続けに亡くした寂しさと、それにより頑張って成果を上げて認められないと自分は見捨てられる、という思い込みからくるものでした。

傷ついていたんですよね。

そんなときは、まずその傷ついた羽根を癒しましょう。

傷ついた心を癒しましょう。

私たちは自分の身体についた傷は目で見て認識できるのですが、心の傷に自分で気づくことはとても難しいです。

心の傷とは、過去の出来事で感じた強いネガティブな感情が、未消化なままに心の奥底に沈殿していることを指します。
そしてそれは、消化できずに残っている感情が「ある」ことを認めて、ただただ感じ尽すことで癒すことができます。

けれど、この消化できずに残っている感情を感じ尽すことは、簡単なことではありません。

あまりにも辛くて「そんな感情を感じたらダメ!」と、心の防衛機能が働いて、未消化な感情を感じないように、見つからないように、アいろんなカサブタを重ねて覆い隠しているからです。

例えば、私が傷を抱えていたときは、涙を流すことはほとんどありませんでした。

男だから弱くてはいけない、感情的なのはいけないことだ、人前で泣くのはみっともない・・・そんな風に思っていました。

涙はとても有効な癒しなのですが、それを流すときに感じる悲しい感情を禁止するために、こういうダミーの思い込みをつくるわけです。

ほんとうは深すぎる悲しみが怖くて怖くて、それを感じたらダメ!というカサブタなのに、です。

そんな風に自分で心の傷を癒すというのは本当に難しいものですから、信頼できる友達だったりパートナーだったり、あるいはカウンセラーのような第三者であったりに、いまの気持ちを話してみたりすることがその助けになるかもしれません。

大丈夫です。
かさぶたはいつか乾いて剥がれるときがくるように、心の傷も癒えるときが必ず来ます。

そして、その傷が癒えてから、「好きなもの」「ワクワクすること」を探しましょう。
そのとき、傷の癒えた羽根は美しい翼となって、自由に空を飛び回って探すことができるのでしょう。

 

今日もお越し頂きまして、ありがとうございました。

どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。

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