大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

アタシ聞きたいんですけど、「癒し」って何のためにあるんですかね?と彼女は言った。

「暑いですね」

「ああ、今日は31℃だってよ。週末は33℃だし、もう真夏だよ真夏」

「気温を聞くとちょっとアレですけど、そんなに耐えられないほどでもないんですよね。これが6月に入って梅雨入りすると、アタシもうダメなんです」

「ああ、名古屋のこの時期は不快指数が高いからな。夏に県外に出たりすると、不思議と暑くても過ごしやすかったりするんだよな。やっぱり敵は湿気なんだろうな」

「そうそう、『あれ?暑いけど、大丈夫じゃん?』みたいなの、ありますよね」

「やはり夏は逃亡するに限るな」

「ええ。それより、これ見てくださいよ」

「どれどれ…『「癒し」とは視点を変えることであり、それは自分を外から見ること』…ほうほう。これがどうかしたの?」

「昨日の夜にネットサーフィンしてて見かけて読んだんですけど、『癒し』とかって、必要なんですかね?アタシ、別に傷ついてるとも思わないし、この人が言うほど必要か?って思うんですよ」

「ああ、それはそうだな。別に自分が要らないと思えば、要らないんじゃないかな」

「えー、じゃあ、アタシ聞きたいんですけど、『癒し』って、何のためにあるんですかね?」

「んー、そうだなぁ、なかなか難しいな。『癒し』をするのは、『本当にやりたかったことをする』ためかなぁ。あくまで僕の考えだけど」

「は?何ですかそれ?『癒し』と『やりたいこと』が何で関係あるんですか?」

「うーん。たとえばさ、今日、朝起きてから、いまここで油を売るまでの行動を振り返ってみて」

「別に油売ってるわけじゃないですよ。暇そうな寂しがり屋さんの相手をしてるだけです」

「うるさい。誰かにしてあげたいことは、自分にしてあげたいことって格言、知ってるか?」

「アハハ、知ってますよ、アタシも大概寂しがり屋ですからね」

「まあそれは置いといて、朝からいままでの間のアタシの行動で、どれくらい『自分が選んで』やりたいことだった?」

「えー、なんですかそれ?『自分がやりたいこと』…?難しいっすね…でも、朝ここに来るまでのコンビニで、今日食べたいお菓子買いましたよ」

「素晴らしい」

「食べます?」

「ああ…ん?『おしゃぶり昆布』?ずいぶんと渋いとこ突くな…」

「アタシ、お酒呑めないんですけど、こういう塩味とか珍味とかに目がないんですよ。『ビーフジャーキー』とか『あたりめ』で一日過ごせますね」

「お、おう…それは素晴らしい。それと同じように、他の行動も『自分がやりたい』『自分が好き』という選択をほんとに選んでる?って疑問に思う機会が、生きていると出てくるんだよね」

「えー、そうなんですかぁ?」

「んー、そうだな、『そういうことを考える機会に、出会う人もいる』くらいにしておこうかな」

「ふんふん」

「今まで塩味が好きだと思っていたけれど、それは実は周りの他人が好きだから、自分も好きだと言っていただけなのかもしれない」

「えーそうなのかなぁ。そうでもないと思いますけど。アタシ物心ついた頃から、ケーキよりも塩味を求めてたらしいですから」

「まあ塩味は例えだよ、たとえ」

「タトエ」

「そうそう。それと同じように、いままで当たり前にやってたけれど、『普通そうだから』とか、『みんながそうしてるから』とか、『常識的にそうだから』とか、そんな理由だったのかもしれない。アタシはほんとは何がしたかったんだろう?って考える時が、時に人生のなかで起こることもある」

「オコルコトモアル」

「ソウデス」

「えー、別にそんなこと考えたことなかったですけど、起こることあるんですかね」

「あるかもしれないし、ないかもしれない。ただ、起こる時っていうのは、だいたい人生ん転機だよね」

「テンキ」

「そう、転機。災害に遭う、親しい人を亡くす、あるいは別れる、愛する人に裏切られる、大きな病や怪我、人間関係の破綻、家族の不和、仕事で失敗する、あるいは仕事を失くす、お金のトラブル…まあ一般的には辛かったり傷ついたり大変だったりすることが多いよね」

「辛かったりするの、イヤデス」

「うん、イヤなんだけど、何がイヤかっていうと、起こっていることそのものじゃないんだよ。『今まで自分が信じてきた価値観や世界観が、崩れたり失われること』がイヤなんだよね」

「えー、そうなんですかね。お金のトラブルとか絶対イヤじゃないですか」

「まあ、そういうときは、古くなった自分の殻を捨てて、新しい自分に生まれ変わる契機になることが多いよね。価値観の転換というか。見方を変えるというか」

「あー、だから『癒しとは見方を変えること』ってことですか?」

「まあ、そんなかんじじゃないかな。今まで青虫のような身体で、土の中で生きてたんだけど、どうも違う気がする。勝手に身体も茶色くなって固まってきた。『自分がほんとにやりたかったことって何だろう?』ってサナギになったカブトムシは考えるんじゃないかな」

「ほんとカブトムシネタ好きですよね…5歳児ですよね…」

「うるさい。童心を忘れてないって言え」

「アタシにもサナギのときが来るんですかね?もう成虫のようにも思えるんですけど」

「それはアタシの人生だから、誰にも分かんないよ。まあ、人の認識って、無意識的なフィルターがかかっているから、今の自分にとって必要な情報しか目に入らないらしいよ。良くも悪くもね。アタシの目に留まったってことは、必要な情報だったんじゃない?」

「そうなんですかね。まあそういうことにしときます」

「そういうことにしといてくれ。『癒しとは、自分の人生を生きるためにある』、今の僕はそう思うかなぁ」

「ふーん」

「それはそうと、おしゃぶり昆布くれ」

「え?ダメですよー、ほんとに塩味好きなんですか?他人に流されずに、ちゃんと自分の人生を生きてください」