大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

誰かに言いたいことは、自分に言いたいこと、と彼女は言った。

(…しーん…)

「どうした、どんよりオーラ出して」

「いえ…テレワークの古き良き時代を思い出してて…」

「なんだそりゃ。ついこの前まで、オンラインで全てがうまくいくわけでもないんですよね、とか何とか言ってたのを、聞いた気がするぞ」

「だって、すぐそばに布団と冷蔵庫があったのに…」

「無いものにフォーカスするのは、人間の性よのう…でも近いうちに、出勤とかは前時代の遺物になるような気がするなぁ、ほんと」

「早くそうなってほしいです。完全リモート、布団と冷蔵庫とNetflixつきで」

「仕事じゃない気がするぞ、それ…」

「いいんです、好きを仕事にするって、誰かが言ってましたから」

「そういう意味じゃない気がするが…まあいいや。でも、仕事といえば、なんか徐々に街に活気が戻ってきた気がするな。さっきクライアントと昼メシ行ってきたけど、車も増えた気がするし」

「なるほど、経費を使った前時代的な癒着をしてきたんですね(そうなんですね、おつかれさまです)」

「おい、また逆になってるぞ」

「ああ、すいません、つい…」

「まったく…確かにそういう機会も減ってくかもな。でも、オンラインで全てを済ませるのもいいけど、久しぶりに人と会って食事するのもいいな、と思ったよ」

「そうですか?私は仕事の人と食事行くの面倒くさいんで、そういうのは要らないです」

「そうか…まあ自分は、そのクライアントとは付き合い長いしな。いろいろこの2か月の過ごし方とか聞いてたよ」

「へえ」

「今年受験の高校生の息子さんがいるそうなんだけど、コロナ騒ぎで休校になってる間、全然勉強している気配がなくて、心配だってさ」

「あー、でもアタシも高校生のときに2か月休校って言われたら、まず勉強してないですね」

「まあ、確かに。けれど、その息子さんはプログラミングがやりたいらしくて。勉強しないと、志望校に受からないぞって言うけど、全然響かないんだって」

「まあ、そう言って勉強するなら、世の親も子どもも苦労しないでしょうからねぇ…」

「だよな。でもさ、自分を振り返ってみると、17,8のころって、特にやりたいことなかったんだよな。将来の夢とか、そういうのはなかったから、言ってみれば流されて進学したみたいな感じだったのよ、俺は」

「アタシは結構ありましたよ。いま思い出すと、くだらないことばっかりですけど」

「そうなのか。それはすごいな。振り返ってみるとくだらないことかもしれないけど、やりたいことを持ってるってことだけで、『すんばらしい』ことだと思うんだよなぁ。俺みたいな人間からすると」

「へえ、そうなんですね」

「そう思うよ。だからさ、クライアントにもそう伝えたさ。17,8でやりたいことがあるってだけで、もう十分じゃないですか、って。やりたいことがあるなら、やり方は無限にあるから、志望校に受かる受からないなんて、大した問題ではないと思いますよ。心配よりも信頼を送りましょう、って」

「へえ…そうなんですねー…(カタカタ…)」

「聞いてるふりして、yahooニュースの気になったワードを検索するのやめて」

「あ、すいません、つい…」

「まあ、でも心配しちゃうのが、親心だよなぁ」

「ちなみに、休校中のお子さんの様子ってどうでした?」

「ウチの?あぁ、ひどいもんだよ、そりゃあ。家でゲーム三昧のゲーム三昧。自粛は解除になっても外に出ないし、学校始まったら登校とか大丈夫かな…」

「ふーん…」

「…………心配、だよなぁ…」

「へーえ…」

「………だってさ、あいつら、昼夜逆転、してるし…」

「ふーん…」

「………うーん…」

「誰かに言いたいことは…」

「あー、もう、皆まで言うのやめて」

「よかったですね、クライアントさんにお礼言わないと」

「あー、皆まで言わないで、ほんと。イヤになっちゃうよ。はぁぁぁぁぁ…」

「ほんと、誰かに言いたいことは、自分に言いたいことなんですねぇ…」

「ああ、もう…言っちゃったよ…そうだよ、その通りだよ」

「あら、今日は素直ですねぇ」

「うるさい。だから、こうやって話すのが大事なんだよ」

「ですよねぇ…」