「暑いけど、なんか夕方は暑さの勢いがなくなってきたな。そりゃお盆も終われば、もう秋か」
「終わっちゃった」
「は?」
「もう、終わっちゃった」
「何が?」
「決まってるじゃないですか、お盆休みですよ」
「ああ、そうだな」
「なんでこんなに短いんですかね。小学生だって40日くらいあるじゃないですか。それなのに、大人はこんなに短いなんて、おかしいですよ」
「言ってることがよくわからんが、なんか前も同じようなこと言ってたな…いいじゃないか、また通常運転ってことで、次の休みを楽しみに働けば」
「イヤです、今日は絶対に仕事しない、いや、してやらない」
「イヤ、それは困る…まあけど、休み明け初日だからな…ゆっくりギア上げていけばいいよ。たしかにスポーツとかでも、休み明けから急に飛ばすと、怪我したりするしな」
「そういう問題じゃないです」
「なんだ、その理不尽大魔王は…せっかく共感して、同調してるのに…じゃあ、どういう問題なんだよ」
「いったいアタシは、次はいつチルできるんですか」
「チル?なんだそれは?」
「もう、人に聞く前にググってください!自分で調べられるのに、人の時間を奪わないでほしいです!」
「なんかよく分からんが、ことのほか機嫌がわるいな…」
「そんなことないです」
「なんだその、酔っ払いの『酔ってませんよ』的な説得力のなさは…まあ、どちらでもいいや。でもさ、やっぱりなくなったりするもの、消えたりするものこそが、価値があると思うんだけど、どうだろうか」
「なんですか?ソレ。暇つぶしに聞いてあげます」
「お、おう、ありがとう。この前、若い子たち話しててさ、スマホで何をするかって話になってさ。やっぱりスマホ・SNSネイティブの世代は、おっさんとは全然違うわけだよ」
「まあ、それはそうでしょうね。二十歳を過ぎてからスマホを触った世代と、物心ついたときにはもう触っていた世代とでは、違うでしょうね。親がそれを触ったことがあるかどうか?っていうのも、また大きな違いでしょうし」
「ああ、そうだよな。いまのスマホネイティブの世代が親になると、また違うんだろうな…まあ、それはいいとして、その若い子たちって、皆インスタの『ストーリー』に慣れちゃってるから、『消えるコンテンツ』に対する優先度が高いんだよね」
「あー、アタシもまずストーリー見ますね」
「そうなのか。で、思うのは『消えるコンテンツ』はやっぱり優先度が高い。やっぱり天才だよ、ストーリーを考えた人たちは。『消えるコンテンツ』があればこそ、何度もログインしないといけない。そうじゃなくて『消えないコンテンツ』だけなら、後でまとめて見ればいいか、ってなって、ログインの頻度が落ちていくんだろうな」
「そんなこと、考えたこともなかったです」
「いや、ビジネスでもそうだけど、『期間限定』に弱いよね、人間。セールやクリアランスってのもそうだろうし、早割とかも同じだよね」
「ふーん、そうなんですか。アタシはあんまりクリアランスとか行かないですけどね。人混みがキライなんで」
「でもストーリーは見る」
「うん」
「逆説的だけど、一つの人間心理だよね。いつでも見られるものは、希少でもなければ、貴重でもないし、優先度も高くない。今見ないと消えてしまう!来週までに行かないと終わってしまう!ってものは、当然優先順位が高くなる」
「へえ、なるほど…で、それがお休みと何の関係があるんですか?」
「だから、無くなるからこそ、休みってのは貴重だし、優先順位が高いんだよ」
「そんなこと、どうでもいいです!…んん?出勤日も過ぎればなくなるのに、別に優先順位なんて全く高くないじゃないですか?」
「ああ、言われてみればそうだな…うまいこと言ったと思ったんだが」
「もう、うっかりダマされるとこだった!…でも、グダグダ話してたら何となくチルできたから、そろそろお昼行ってきます」
「あぁ、行ってらっしゃい…それにしても、どういう意味なんだ、チルって…」