「あっつーーーー、死んでしまう」
「外回りですか、おつかれさまです」
「あぁ、ものの1時間ほど運転してきただけで、身体中の水分が抜けそうなくらい汗が噴き出る。ほんと、あの運転席のドアを開けた瞬間の熱気を浴びると、夏が来たな、って思うよ」
「あー、もう午前中からダメですね、冷房も効かないでしょうし」
「でもな、おっきな車のサイドミラーに映る夏空を見てると、なんだか幸せな気分になるんだよな。何なんだろうな、あの夏空の魅力って」
「えー、全然テンション上がらないです。夏なんて汗かくし、だるいし、早く終わってほしいですよ」
「そうかなぁ…俺はやっぱり夏が好きだな。夏生まれだからかな」
「へー、夏生まれなんですか。なのに、けっこうジメジメしてメンヘラなんですね」
「うるさい。でも、生まれた時期と好きな季節って、けっこう相関性あると思うけどなぁ」
「そうですかね?アタシは真冬の生まれですけど、春か秋の過ごしやすい季節がいいです」
「そうか。何事にも例外はあるしな」
「なんですか、それ。でも、もう梅雨明けですね」
「あぁ、九州から近畿は今週半ばに明けたって言ってたから、ここもそろそろだろ。それにしても、今年は遅いよな。もう8月になっちゃうぞ」
「と、思うじゃないですか」
「あぁ、そりゃそうだろ。梅雨なんて、6月の紫陽花の時期のモンだろ。それがもう7月も終わりの時期まで引っ張るって、長いよ。まあ、ときどき『梅雨明け宣言なし』みたいな年もあるが」
「ふふふ…ꉂ (˃̶᷄‧̫ॢ ˂̶᷅๑ ) プークスクス」
「なんだよ」
「いや、そうなんですよ、今年の梅雨明けは異常に遅いと感じるじゃないですか、それって本当なんですかね」
「そりゃ、遅いだろ。だってもう8月だぞ。とっくに海開きも終わっているだろ」
「そうなんですよ、けどそれって本当ですかね。やっぱり印象じゃなくてファクトでものごとを捉えるってことは大事なんですよ。見てくださいよ、これ」
「なになに、気象庁ホームページ・令和元年の梅雨入りと梅雨明け…?」
「そうです、その『東海』の部分を見てください」
「梅雨入りが6月7日ごろ。平年に比べると1日遅くて、昨年よりは2日遅いのか…それで、梅雨明けは、と…まだ明けてないから日にち入ってないのか」
「ええ、そうなんですけど、その右の部分を見てください」
「どれどれ…昨年が7月9日ごろ。そうだよな、そんなもんだと思うわ」
「そうそう、去年は7月から40度超えのえげつない気温でしたからね。でもその隣もみてください」
「平年の梅雨明け…7月21日ごろ??えぇ?そんなに例年遅いのか?」
「そうなんですよ。今年の梅雨明けは異常に遅いと感じながら、平年より1週間も遅れてないんですよ」
「そうなのか…なんかショックだ…だって、7月21日とかいったら、もう学校は夏休み入る頃だろ?例年、梅雨明けするかしないかのところで、夏休みになってた、ってことなのか…」
「そうみたいなんです」
「そうか…7月下旬といえば、花火に海に入道雲に、完全に夏モードだと思っていたが、例年7月21日ごろまでは梅雨だったんだな…これ見てると、九州南部は平年7月14日ごろで、今年は7月24日ごろだから、やっぱり遅いは遅いんだな。」
「地域によっては、ですよね。近畿とか北陸とかは、ほぼほぼ平年どおりですから」
「ふーん。なんかすげーショック。今まで夏だと思っていたのは、実はまだ梅雨が明けてなかったかもしれないなんて…」
「まあ、去年が異常に梅雨明けが早くて、その後異常に暑かったから、その印象が強いんでしょうね」
「ああ、それはあるな。40度超えの日に外回りでアスファルトの上を歩いてると、なんだかローストポークの気分になったのを覚えてるからな」
「アハハ、まさに焼き豚。もっと水分飛ばさないと」
「うるさい」
「まあまあ。けれど、直近の印象って、やっぱり強いんですよね。そして、その印象をもとに過去の記憶も簡単に上書きされてしまう。梅雨明けみたいなものもそうですけど、それって人間関係とかでも言えそうですよね」
「うーん、たしかに…たった一度、何か傷つくようなことを経験すると、それまでの記憶がすべてネガティブに塗り替えられたり…それってほんとうなのかな?って問いかけることは、必要なのかもしれない」
「まあ、なかなか難しいですけどね。人間の色眼鏡は、自分の信じたいものだけを集めてしまうらしいですから」
「だから、他人が、必要なんだろうな」
「そうですね。なんか今日は真面目に締めようとしてますね」
「いつも真面目だよ」
「うーん、そうかなぁ…ファクトを集めてみようっと」
「いや、それなんかこわいからやめて」