去年の1月と3月に、伊勢神宮を訪れた。
お伊勢の空気、人のご縁、甘味、そして思いがけず訪れた天の岩戸…いずれも印象深い旅だった。
こういうのは不思議なもので、行ける時にはするすると行けるものらしい。
縁あって、冬至の前日に、またお伊勢を訪れることにした。
そう決まると、根っからのハードワーク好きの私は、「せっかくだから」というキラーワードとともに、予定を詰め込んでいく。
特に、一人旅であれば誰にも気兼ねすることなく、えげつない予定を入れてしまう。
無理だったら諦めればいいだけの話だから、とばかりに、海外旅行の鞄よろしくぎゅうぎゅうに予定を詰め込んでいく。
今回も、冬至の日の出を、内宮の宇治橋で見たいと思った。
しかし伊勢神宮の参拝の順番は、外宮→内宮である。
ならば、午前5時の開門と同時に外宮を参拝してから、内宮を訪れるしかない。
まだ夜中のような真っ暗闇の中、出発した。
伊勢市に至る23号線は、遠くに見える灯りが漁火のようで。
寝不足ではあるのだが、不思議と眠くはなかった。
エンジン音と風を切る音だけが響く。
音楽をかける気には、ならなかった。
午前5時ちょうど、外宮の駐車場に着く。
さすがに車の影はまばらだった。
遠くにほのかに見える灯りを見ていると、どこか遠い国のおとぎ話の中に入り込んでしまったように感じる。
ほんとうに来てしまった、と少し足がすくむのを覚えた。
表参道の火除橋を前にして。
今年は暖冬らしく、師走半ばも過ぎたのにまだ冬らしい寒さは感じない。
そのおかげで、午前5時のこの時間でもマフラーとコート、手袋の装備だけで十分だった。
一応、重ね着できるようにトレーナーなども持ってきていたが、不要だった。
火除橋を渡り鳥居をくぐると、そこは別世界だった。
遠くの灯篭の灯りを頼りに、参道を歩く。
不思議と怖さはなく、どこか清々しく温かい。
玉砂利の音が、響く。
この時間でも、何人もの参拝客を見かける。
さすがは、伊勢神宮。
夜明け前の参道は、神気に満ちて。
外宮、豊受大神宮。
伊勢市の中心に鎮座し、豊受大御神(とようけのおおみかみ)をお祀りしている。
豊受大御神は、内宮の天照大御神のお食事を司る神様であり、衣食住、産業の守り神でもある。
鎮座はいまから約1,500年前の雄略天皇の御代。
内宮創建から500年後のことで、天照大御神のお食事を司る御饌都神(みけつかみ)として、丹波国からお迎えされたそうだ。
去年訪れた宮津市の「籠神社」や「真名井神社」が「元伊勢」と呼ばれるのは、そうした縁からだと聞く。
要所で灯りが道を照らしてくれるものの、どこか現実感のない世界が広がっている。
何度か訪れた際の記憶を頼りに、歩みを進める。
外宮の別宮、「土宮(つちのみや)」。
古くはこの土地の鎮守の神であった大土乃御祖神(おおつちのみやのかみ)を祀る。
外宮創建後は、宮域の地主神、宮川堤防の守護神とされているとのこと。
静かな暗闇の中で手を合わせる時間は、どうにも幻想的で。
別宮の第一に位する、多賀宮(たがのみや)。
石段を登り切った先に鎮座しており、豊受大御神の荒御魂(あらみたま)を祀る。
神様の御魂には、おだやかな働きをする「和御魂(にぎみたま)」と、荒々しく神威を顕される「荒御魂(あらみたま)」という二つの側面があることを、1年前にこの伊勢神宮を訪れた際に知ったことを思い出す。
別宮をお参りし、正宮へと。
参道の灯りが、異世界へと誘うようで。
正宮を前にして。
それは、あまりにも当たり前に「在った」。
いや、「いらっしゃった」と表現した方がいいのだろうか。
「それ」は、あまりにも当たり前すぎて、いつも私は見過ごしていたのかもしれない。
それは、圧倒的なリアリティであり、現実だった。
ただ、「在る」。
ただ、それだけだった。
暗闇の中、手を合わせると、なぜか涙が流れた。
ただ、今日ここに来れたことを、感謝するだけだった。