ぼんやりとした目覚めに、蝉の声を、聞いた。
シャーシャーシャーシャーと鳴くあれは、クマゼミの声だろう。
今年初めての、夏の声だった。
息子もそれを聞いたようで、朝食も早々に早速の蝉取りに駆り出される。
一年ぶりに倉庫から引っ張り出したタモを握りしめ、川沿いの桜並木を見上げて歩く。
空からは、霧のような雨が落ちてきていた。
雨に湿った桜の木を見上げるが、まだ数の少ない蝉の姿は見えない。
例年、蝉の声を聞くと梅雨明けなのだが、予報を見ている限り、今年はそれに当てはまらないらしい。
されど、この日からは「蓮始開はすはじめてひらく」の節気。
夏本番の「小暑」も次候である。
夜明けとともに咲き、数日で散ってしまう蓮。
泥の中に咲き、それでいて泥に染まらないその清らかな姿は、古来より仏教とも関連が深い。
この川沿いに蓮は見当たらないが、その姿を想っていると、薄紫の花が目に留まる。
アガパンサス。
霧雨に濡れる姿が、美しかった。
紫陽花といい、紫の色の花には、なぜ雨が似合うのだろう。
そんな花にカメラを向けていると、息子からお叱りの声が飛んでくる。
どうしても、一匹は捕まえたいらしい。
されど、霧雨から小降りに変わった雨に、聞こえていたはずのクマゼミの声も止んでしまった。
どうする、と聞いても、にべもなく捕まえる、と。
仕方ない。
湿度は極度に高いが、曇っているおかげか気温はそれほどでもない。
シャツの肩口は、すでにしっとりと濡れていた。
肩のあたりに張りを覚えながら、引き続き桜の木を見上げる。
力強い夏の太陽の日差しが見られるのには、もう少しかかりそうだ。
蝉の声は、依然として聞こえてこない。
もう少し、この温い雨に濡れていようと思った。