「友だちっています?」
「…は?」
「は?じゃなくて。誰か友だちっています?」
「…なんだよ、それ。唐突に…」
「いえ、課内でLINEグループを新しく作ったんですけど、社用のスマホのアカウント知らなくて。もし社内に『友だち』がいれば、その人に招待してもらった方が早いかなーと思って」
「あぁ、そういうことか…びっくりした…」
「え、どうしたんですか?」
「いや、なんだろうな…その台詞、突然言われると、結構あせるな…」
「焦らないでくださいよ。んで、誰か『友だち』います?」
「いや、会社のLINEはほぼお客さんとしかやり取りしてない。社内とのやりとりは、グループウエアを使っているから、登録してないわ」
「へえ、そうなんですね。じゃあQRコード出してください…そうそう…はい、完了っと。以後、営業情報など、これで回覧かけますんで」
「おう、分かったよ…ふぅ…」
「なに、ほっとしてるんですか。額にびっしり汗かいて」
「いやぁ、不惑も近くなって、年下に『友だちいますか?』って聞かれると、焦るもんだな…」
「なんですか、それ。友だちいないんですか?」
「どストレートに聞くなぁ…いるといえばいるんだが」
「なーんだ、じゃあいいじゃないですか」
「いや、そもそも『友だち』って、何なんだろうなって思って」
「え?友だちは友だちですよ」
「齢を重ねてくると、いろんな人と、いろんな関係が生まれてくるわけじゃん?」
「へえ、そうなんですか」
「いや、学生時代の何も考えずに付き合えた『友だち』から、歳を重ねると何かと立場が出てくるもんだよなぁ、と」
「ふーん」
「何だろうね。家族や恋人は友だちとは違うし。そりゃ、飲み友だちもいれば、ネットやSNSでつながっている人もいるけど…」
「いるんじゃないですか、別に」
「いや、不意に『友だちっています?』って聞かれるとさ、『え?友だちって、何だっけ…?』って思っちゃうよ」
「そんなもんですかね」
「じゃあ、友だちっている?」
「あー、休みで一緒に遊ぶ友だちはいますよ。でも、アタシは結構、環境が変わると人間関係もあっさり変えちゃう方なんで、その時々の関係って感じですかね」
「それは誰でも多かれ少なかれ、そうじゃないのかなぁ。なかなか環境が変わってもつながり続けるって、難しいものじゃないかな」
「へえ、そうですかね」
「縁があれば、それぞれ環境が変わっても、また何かの機会に道が交わることもあるかもしれない」
「なるほど」
「でも、改めて考えると『友だち』って何だろうね」
「何でしょうね」
「何だろうなぁ…利害関係なしで付き合える…悩みを聞いてもらえる…久しぶりに会っても違和感がない…いろいろあるな」
「たしかに、いろいろありますね」
「そう考えると、『友だち』って何だろうな」
「深く考えすぎなくても、何でもよくないですか?自分が『友だち』って思えば、『友だち』ですよ、きっと」
「なるほど…そうかもしれないな」
「ほら、誰でも何かに名前を付けると安心するじゃないですか」
「え?」
「なんか身体がダルくても、病院で『風邪ですね』『扁桃炎ですね』とか言われると安心するじゃないですか」
「ああ、確かに」
「なんか道に迷って、どこか分からなくなって『ここはどこ?』ってなっても、『ここは〇〇だよ』って地名を聞くと安心するじゃないですか」
「そうだなぁ」
「なんかよくわからない感情にふさぎ込んでも、『寂しいんだ』『怒っているんだ』ってその感情に名前が付くと、ほっとするじゃないですか」
「なるほど」
「きっと同じですよ。関わる人の数だけ、人間関係があるんだから、『友だち』と名付けてしまえばそれは『友だち』ですよ」
「ほぇー、確かにそうかもしれない」
「まあ、そんな感じでいいんじゃないですかね、『友だち』なんて」
「そうだな。『友だちっています?』って質問にギクリとするのは、結局のところ、自分に自信がないだけなのかもしれないな」
「まあ、いてもいなくても、大丈夫ですよ。必要なときには、現れるもんですから」
「そうだよな。ありがと、友だち」
「いえ、単なる同僚です」
「この降り続く長雨のように冷たいな…」