さて、断酒して843日。
2年と3か月半ほどになった。
考えてみれば、お酒とも20年くらいの長い付き合いをしてきたが、その盟友から離れてもう2年以上になるというのは、感慨深い。
人生の中の時間の比率で考えてみると、お酒を飲んでいた期間と、飲んでいない期間が、ちょうど半分ずつくらいだろうか。
仮に断酒を続けたとするなら、飲んでいない期間の方が長くなっていくようだ。
特に目標も定めていないが、いまのところ飲もうという気も起らないので、まだしばらくは断酒生活が続くのだろう。
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飲んでいたころを、思い出す。
夕方の黄昏どき。
今日という一日が終わりに向かう、逢魔が時。
そんな瞬間にふと訪れる、ふとした闇。
それを、
寂しさ
と言語化できるようになるまでには、自分のこころの奥底の闇を、パンドラの箱よろしく、開ける必要があったのだが。
それはともかくとして。
そんなときに、ふと飲みに行ったものだった。
誰かを誘うときもあったが、一人のときの方が多かった。
寂しさからの行動なのに、一人になりがたる。
人間とは、かくも不条理なものだ。
行きつけの、いつものお店。
カウンターの端っこが、特等席。
ぼんやりと、綺麗に磨かれたカウンターが、暖色の照明を跳ね返して光るのを、ぼんやりと眺めていた。
酔客の話し声、オーダーを読み上げる声、BGM、揚げ物の音。
その音に身を浸して、一杯、また一杯。
次第に進む酔いは、自分がそのお店の風景にでもなったかのうように錯覚させる。
寂しさを、寂しさと言えない私が、持て余したその黄昏時の闇を宥めるのには、ちょうどよかったように思う。
そんな時間もすぐに過ぎて、夜も更けゆく。
気付けば 正体不明になって、お会計をする。
今日もやってしまったと、募る罪悪感。
親知らずを抜歯した痛み止めが、切れたかのように。
ひりひりと、胸を焦がす。
寂しさを散らすお酒の痛み、その思い出。
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人生の半分の期間、寂しい夜をお酒で過ごしてきたとするならば。
残りの半分は、どうしていたのだろう。
ふと、そんなことを考える。
何か、しようとしなくてもいいのだろうか。
寂しさは、そのままに。
痛みと、静けさと、祈りとともに。
ただ、そのままでいれば、いいのかもしれない。