大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー見習い。

人の夢。 ~2021年 優駿牝馬(オークス) 回顧

無敗で桜花賞を制した白毛馬・ソダシの二冠なるかが注目を集めた、2021年のオークス。

 

最大のライバルと目されていた桜花賞2着のサトノレイナスはダービーへの挑戦を表明し、残った桜花賞組と新興勢力が、ソダシにどこまで迫れるかが焦点となった。

圧倒的な1番人気に支持されたソダシ、それに続く2番人気は三冠牝馬のアパパネを母に持つアカイトリノムスメ、そして3戦連続3着と惜敗が続くユーバーレーベンが続き、さらに桜花賞3着のファインルージュ、忘れな草賞1着のステラリア、フローラステークス1着のクールキャットといった面々が上位人気となった。

 

逃げ馬不在の中で、先手を取ったのはクールキャット。

 

好発を決めたソダシだったが、2コーナーでは首を上げ、折り合いに苦心している。

少し落ち着きかけたところに、外からステラリアに被せられるなど、厳しい競馬を強いられる。

さらには、積極的な競馬をする馬が多かったことで、よどみのない厳しいペースが刻まれていく。

 

直線を迎えてクールキャットが先頭、追いかけるククナ。

ソダシの伸び脚が鈍い。

それにより、ソダシの後ろにいたアカイトリノムスメの進路がなく、クリストフ・ルメール騎手の仕掛けが遅れる。

それでも、懸命に伸びるソダシ。

 

しかしその外から、赤、緑袖赤一本輪の勝負服が飛んできた。

 

ユーバーレーベン。

 

総帥のことが、思い浮かんだ。

 

 

岡田繫幸氏の訃報があったのは、今年の3月19日だった。

 

社台系のクラブ馬主が隆盛を極める中、岡田氏はサラブレッドクラブ・ラフィアンを創設し、牡馬に「マイネル」、牝馬には「マイネ」の冠名を持つマイネル軍団の「総帥」として、長年競馬界隈に尽力されてきた大御所だった。

 

一口馬主の形態を取るクラブ法人は、会員に夢を売る。

ドイツ語で「私の」を意味する「マイネル」、「マイネ」を冠名に授けたのは、ラフィアンの会員一人一人の夢を乗せた愛馬であることを表しているように思える。

 

世界から良血の繁殖牝馬を買い集める社台グループとは対照的に、岡田総帥の相馬眼に適った種牡馬を輸入する方針を取り、イブンベイ、コンデュイット、アイルハヴアナザーなどを連れてきては、話題になった。

 

競馬界全体のことを第一に考える岡田氏の姿勢は、あの武豊騎手の初GⅠ制覇とも縁がある。

時に1988年。弱冠19歳だった武騎手は、菊花賞はスーパークリークで出走すると決めていたが、賞金額が足りず、トライアルでも優先出走権を取れず、出走登録38頭中の出走順位19位となっていた。

フルゲートは18頭、除外の憂き目に遭うことは確実と思われたが、出走登録直前に賞金上位のマイネルフリッセが出走を回避し、スーパークリークが繰り上げで出走可能となった。

岡田氏の「GⅠには強い馬が出るべき」という信念にもとづいた、回避だった。

クラブ会員をはじめとする関係者への調整は、どれほど大変だったのだろう。

 

しかし、僥倖にも出走叶ったスーパークリークは菊花賞を圧勝し、武騎手に初めてのGⅠ勝利をプレゼントすることになる。

歴史にifはないが、もし岡田氏の判断がなければ、のちの天才騎手のキャリアもまた、違ったものになっていたのだろうか。

 

かと思えば、縁のあった柴田大知騎手、丹内祐次騎手を長く主戦に据えるなど、情に厚い方でもあった。

年間勝利数ゼロのドン底から這い上がり、NHKマイルカップをマイネルホウオウで制したときの、柴田大知騎手の男泣きの美しさよ。

 

そして何より、「日本一の相馬眼」を自認し、デビュー前後の2歳馬をして、「この馬はイギリスダービーに連れて行きたい」と語るその姿は、多くの競馬ファンに愛された。

あのタイキシャトルをスプリンターズステークスで破ったマイネルラヴ、春の天皇賞を勝ったマイネルキッツ、佐藤哲三騎手とのコンビで朝日杯3歳ステークスを制したマイネルマックス、個人名義でシンガポール航空国際カップを制したコスモバルクなど、数々の活躍馬を送り出した。

 

されど、マイネルの勝負服がクラシックを勝つ瞬間は、岡田氏の生前に訪れることはなかった。

1986年の日本ダービーでグランパズドリームが2着に入ったのが、その最高着順だった。

イギリスダービーどころか、国内のクラシックを愛馬が勝つところを見届ける前に、岡田氏は鬼籍に入ってしまった。

 

 

赤、緑袖赤一本輪。

マイネルの勝負服には、そんな岡田氏の功績が色濃く貼り付いている。

 

伸びるユーバーレーベン。

しかし、内からアカイトリノムスメもしぶとく伸びてくる。

仕掛けが遅れながら、なおここまで持ってくるか、ルメール騎手。

 

どっちだ。

 

勝手に右の拳を、握りしめていた。

 

果たして、ユーバーレーベンは伸びた。

ユーバーレーベン1着。

 

右手を振り上げ、咆哮するミルコ・デムーロ騎手。

 

ウイニング・ランから引き揚げてくる彼は、観客席に向かって何度も何度も、自身の勝負服を指さしていた。

ラフィアンの、マイネルの、総帥の、勝負服。

それを、誇っているように見えた。

 

デムーロ騎手自身もまた、雌伏の時間を経て、このオークスにたどり着いていた。

 

「人生難しいですね、なかなか…うまくいかないですし」

 

勝利ジョッキーインタビューで、そう素直に吐露するデムーロ騎手の言葉に、胸が詰まりそうになる。

昨夏に父を亡くし、コロナ禍で母国のイタリアへは帰国できていないと聞く。

 

それでも、ここ一番での勝負強さは、尋常ではない。

 

「本当に、信じていただけでした」

 

そう語るデムーロ騎手の眼は、どこか優しかった。 

 

 

それにしても、ユーバーレーベンの血統の美しさよ。

岡田氏がニュージーランドで購入したマイネプリテンダーを曾祖母に持つ、マイネル生粋の牝系。

母の父は岡田氏が惚れこんでアメリカから輸入した、ロージズインメイ。

そして父もまた、岡田氏が惚れこんでスタッドインさせたゴールドシップ。

岡田氏の、夢の詰まった血統表。

こんな血統のユーバーレーベンが、オークスを勝つとは。

 

ユーバーレーベン、überleben。

ドイツ語で、「生き残る」を意味する、その単語。

 

生き残ったもの。

岡田総帥が残したもの。

赤、緑袖赤一本輪の勝負服。

 

そして、人の夢の尊さ、偉大さ。

 

それらを、想わずにはいられなかった。

 

ユーバーレーベン、2021年のオークスを制す。

 

 

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