大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

円熟と、経験と。 ~2021年 東京優駿(日本ダービー) 回顧

2年ぶりに有観客での開催となった、2021年の日本ダービー。
新緑の風の下、2017年に生を受けた7243頭の中から選ばれし17頭。

ダノンザキッドが骨折による回避で、フルゲートが18頭となった1992年以降では初めてのフルゲート割れとなった。
かつては、賞金が足りていればどんな馬でも出走させるのが当たり前の時代があったが、いまはその馬の適性に合わせたレース選択が主流になってきた。
史上最多頭数が出走したのは1961年のダービーで、32頭の優駿が出走している。
移りゆく時代に、形も変わりゆくのだろう。

されど、形は変われども日本ダービーが「特別な」レースであることは変わりがない。
関係者にとっても、ファンにとっても、ダービーというレースに抱く情感は、他のレースとは一線を画す。
特別登録、枠順確定、パドック、本馬場入場、国歌斉唱、ファンファーレ…どれをとっても、この瞬間に至るまでの時間は、他のレースとは違う時間軸を流れている。

ダービーは、ダービーでしかない。

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運命のゲートが開き、戦前の予想通り、大外17番枠のバスラットレオンがハナを主張し、先頭で1コーナーに入っていく。

その後ろに皐月賞2着のタイトルホルダーと田辺裕信騎手。
そして、その後ろに1番人気のエフフォーリア。無敗の2冠を目指して最内1番枠から好発を決め、3番手あたりの好位を追走。デビューから手綱を取る横山武史騎手は、戦後最年少のダービージョッキーを目指す。

その横に、ヴィクティファルスと池添謙一騎手がつける。
エフフォーリアを自由にはさせまいと、ピタリとマークしている。

史上4頭目の牝馬によるダービー制覇を目指すサトノレイナスは16番枠から。
クリストフ・ルメール騎手は、これまでよりも前目のちょうど中団外目あたりのポジションを取る。
その中団グループにシャフリヤールの福永祐一騎手もつけている。

人気の一角、戸崎圭太騎手のグレートマジシャンと吉田隼人騎手のステラヴェローチェは後方から末脚に賭ける形。

バスラットレオンは後続を引き付けての逃げを打ち、前半1000m60秒台あたりか。
その比較的落ち着いたペースの中、サトノレイナスが外からじわじわとポジションを上げていく。気づけば、エフフォーリアの横のポジションまで押し上げ、プレッシャーをかける。
奇襲ともいえる、向正面からの捲り。2017年のダービー、スローペースを見越して向こう正面で捲っていき、勝利をもぎ取ったレイデオロの騎乗を思い出す。この大一番での、ルメール騎手の思い切った騎乗に、背筋が粟立つ。

苦しくなったのは、エフフォーリアだ。
松山騎手のグラティアスも緩いペースから押し上げてきたことで、さらに一列下げられ、内に包まれてしまった。人気を背負った1番枠の、考えうる厳しい形になった。外の馬すべてが自分をマークできるのだから、逃げるか下げるかしない場合は、厳しい展開になる。
勝負の3コーナーに差し掛かり、外に進路を取るサトノレイナス。内のエフフォーリアは、まだ最内で押し込められている形。

直線を向き、馬場の3分どころから進路を探るエフフォーリア、外からサトノレイナス。
しかし、サトノレイナスは伸びきれない。

徐々に徐々に外に持ち出し、馬場の真ん中から伸びるエフフォーリア。
1馬身ほど出たか。

しかし、その後ろから、黄色い帽子の伸び脚が鋭い。
シャフリヤール。
先に抜けたエフフォーリアの内を突き、伸びる。残り50mで馬体が並ぶ。

内か、外か、どっちだ。
馬体を併せたまま、ゴール板を駆け抜けた。

長い写真判定のあと、掲示板の一番上に「10」の数字が灯る。
差し切っていた。

第88回日本ダービーを制したのは、シャフリヤールと福永祐一騎手だった。

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直線の最後、揺れる福永騎手の白い手袋を見て、エピファネイアの姿を思い出していた。2013年のダービー、抜け出した直線、最後の最後で武豊騎手の駆るキズナに僅かに差し切られた、あの場面。

その5年後、2018年のワグネリアンでの積極的な騎乗で、ダービージョッキーとなった福永騎手。昨年はコントレイルで2度目のダービー制覇、さらには三冠ジョッキーとなった。

春の天皇賞の記事でも触れたが、そのころからか、どうも福永騎手の騎乗には上手さというよりも、凄みを感じるようになった。

勝利ジョッキーインタビューでは、会心の騎乗ではなく、馬の力に助けられたことを吐露していた。確かに、道中の位置取りから、内をすくって差した展開は、スムーズな流れではなかったかもしれない。

けれど、4コーナーのシビアな進路選択と、直線を向いてからエフフォーリアの内に向けて追う判断は、一瞬でも遅れていたら勝者は逆だったかもしれない。

あのエピファネイアでの敗戦、そして2度のダービージョッキーの栄誉がなかったら、あの判断ができたのだろうか。
経験とは、技術ではない。
それは、蓄積された判断の重みであり、人生の厚みである。
それは、ここぞという瞬間に、余裕をもたらす。
ダービーを勝ったことがあるという経験は、どこまでも強い。

福永騎手は、史上3人目のダービーを連覇したジョッキーとして名を刻んだ。現役では武豊騎手の5勝に次ぐ、2位となる3勝目である。
天才と謳われた父・洋一騎手が成し得なかったダービー制覇、それを3度も成し遂げるとは、まさにその手綱は円熟味を増すばかりだ。

シャフリヤール自身は、GⅢ毎日杯をレコード勝ちした極上の切れ味を、この大舞台でも発揮した。
毎日杯からの直行でダービー制覇となったのは、昨今のトレンドである、間隔を空けたローテーションを地で行く形となった。それだけ1レースでの消耗が大きいことともあるが、今後は皐月賞とダービーはそれぞれ別に狙いを定めるレースになっていくのかもしれない。

父・ディープインパクトは、これで産駒が史上最多の7勝目。残された産駒があと2世代となる中で、こちらも偉業を達成した。死してなおその威光は失われず、輝きを増すばかりだ。

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夢、破れたエフフォーリアと横山武史騎手。

人気を背負った1番枠の難しさが、如実に出た展開になった。道中、緩いペースを利してタイトルホルダー、グラティアス、そしてサトノレイナスが外から被せて行って押し下げられてしまった。
3コーナーから4コーナーの勝負どころ、ポジションを挽回しよう早めの仕掛けで脚を使ったことが、最後の最後で響いたか。

最後は首の上げ下げでのハナ差。馬体はエフフォーリアの方が前に出ていたが、ゴール板を通過する瞬間だけが、シャフリヤールの鼻が前に出ていたように見えた。実質的に、最も強い競馬をした。
されど、勝利の栄誉はシャフリヤールの頭上に輝いた。

2400mを走って、わずかに数センチの差。
勝者と敗者を分かつ、その断絶の深さ。
その差が何だったのか、それを横山騎手はこれから探していくのだろうか。

馬も、騎手も。
眩いばかりの才能を持っていることは、疑いようがない。

エピファネイアで差された福永騎手が、ワグネリアンで戴冠したように。

この敗戦が、一つの大きな経験となり、糧となることを信じて。
そう遠くない未来に、また輝く姿が見られることを期待したい。

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何より、無事に全馬17頭がゴール板を駆け抜けたことを、喜びたい。

そして、
シャフリヤール、福永騎手、そして関係者の皆さま。
おめでとうございました。

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