大嵜直人のブログ

たいせつな何かをなくした心に、ともしびを。

思い出に触れる、秋の日。

寒露とは名ばかりで、どこか戻ったような暑さの陽光が差していました。

 

どこか10月の気候からは外れているような気がしたけれど、これがすぐに朝晩冷えるようになるのが、いつもの秋のようです。

これだけ天気がいいと、何かした方がいいような気がしたのですが、出かけるのも億劫なので、今日は家の掃除をすることにしました。

 

「拭き掃除」というのは、どこか心を落ち着かせてくれる効用があるように思います。

普段は触れない場所に手を当てて拭いていると、どこかその場所に意識が通ったような気がします。

 

「手当て」という言葉がある通り、人の手には不思議な力が宿っているように感じます。

それを与えることができるのは、生き物だけではなく、物もまた、同じような気がします。

 

とまあ、こう書いておきながら、なかなか掃除をやる気にはならないのが、問題なのですが…なんでも、溜めずに少しずつやっておけば、楽なのは分かってはいるのですが、難しいものです。

 

今日は窓ガラスを拭き、部屋の電気の傘を拭いたりしておりました。

少し拭いているだけでも、汗が出てくる陽気でした。

 

窓ガラスを拭いていると、小さい頃、よく母方の祖母の家の年末の大掃除を手伝いに行ったことが思い出されます。

小さな私のお役目は、祖母の家のガラスを拭くことでした。

 

12月の末の冷たい風を耐えながら、雑巾で拭き拭きしていたことを思い出します。

やり始めると熱中するのが子ども心のようで、なかなか拭きスジがキレイに取れず、苦戦したことを覚えています。

 

その祖母の家も、もう今はなく。

あの下半分が擦りガラスになっていた、古めかしい家のガラスを思い出します。

 

そういえば、もう今年も、残りあと3か月を切ったようです。

これだけやったから、年末の大掃除はやらなくてもいいかな…などとサボり癖の思考がアタマをもたげてきます。

 

 

掃除の達成感と、外の陽気に誘われて、少しランニングに出ました。

 

いつもの川沿いの桜並木は、もう多くの葉が散っており。

この満開の桜の下、満ちあふれて涙したのは、今年の春の日でした。

そんなことを思い出しながら、枯れた枝の下を走ります。

 

秋の風が、心地よく。

長袖のランニングウエアを出すのは、もう少し先になるでしょうか。

 

いつもの神社に着くと、例大祭とやらをしているようで、提灯が出ていました。

石の灯篭にも、灯りがともって。

 

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普段は静かな境内に、何組かの参拝客が見えていました。

期せずして、特別な日に参拝できて、なんだか得したような心持ちになりました。

 

そういえば、秋はお祭りの多い季節でもあります。

私の故郷でも、大きな秋祭りがありました。

夏祭りに比べて、出店が少ないのが、幼い私の不満ではありましたが。

 

感染症禍で、多くのお祭りが中止になっていましたが、少しずつまたハレの日が戻ってくることを願って、またランニングコースに戻りました。

 

いろんな思い出に触れた、秋の日。

こんな日を重ねていくうちに、人生の季節もまためぐっていくのでしょう。