大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

すべてを、越えていけ。 ~2023年 東京優駿(日本ダービー) 回顧

1.ダービーに寄せて

思春期のころ。

内向的で友人関係も広くなかった私にとって、週末の競馬中継は一人で楽しめる時間だった。

誰にも気兼ねなく、ただサラブレッドの疾走する美しさに惹かれていればよかった。

ネットもなかった当時、競馬の情報を集めるのには難儀した記憶がある。

月々の小遣いは、友だちとの交友ではなく、毎週の競馬雑誌に消えていった。

いろんなジャンルの本を扱う大型書店で、競馬関係の書籍を探すのも、楽しみの一つだった。

そんな私を、競馬沼に深く引き込んだマンガがある。

当時、週刊少年チャンピオンで連載されていた、やまさき拓味さんの「優駿の門」というマンガだった。

その始まりは、アルフィーという臆病なサラブレッドが、主人公とともに才能を開花させていき、ダービーを目指すパートだった。

そのダービーのスタートのシーン。

「夢は、2400m彼方にあり」

記憶のなかで正確ではないかもしれないが、そのフレーズが、とても印象的だった。

すべての競馬に関わる人にとって、ダービーというのは特別なレースだと知ったのは、そのシーンなのだろうか。

テレビ中継を見ていても、ダービーの日だけは雰囲気が違った。

祭りの高揚感と、それでいて張り詰めた緊張感と。

年を経て、現地で観戦をする経験を経て、それは一層強く感じるようになった。

1レース目から、「今日この日が来た」という喜びにあふれた日。

時間が経つごとに増していく緊張感。

レース前の、国歌斉唱。

栄光のゲートに入っていく、出走馬たち。

そのいずれの夢も、2400mの彼方にあるのだろう。

そんなことを、毎年想う。

あと、何度この日を迎えられるのだろう。

そんなことも、毎年想ってしまうのだ。

それもまた、ダービーの持つ魔力なのだろうか。

2.栄光の出走馬18頭

1枠1番、ベラジオオペラ(栗東・上村洋行厩舎)。

デビューから1800m戦を3連勝、スプリングSを制して挑んだ皐月賞だったが、道悪とハイペースに10着と崩れた。ダービーでは相性の良い1番枠、好位を取れる出足の良さを活かして、粘りこめるか。鞍上は横山和生騎手。

 

1枠2番、スキルヴィング(美浦・木村哲也厩舎)。

ゆりかもめ賞、青葉賞とダービーと同条件の東京2400mを連勝。特に青葉賞はハーツコンチェルトを余裕をもって差し切る完勝だった。青葉賞馬から初のダービー馬が誕生となるのか、そしてキタサンブラック産駒からまた新たなGⅠ馬が生まれるのか、注目が集まる。鞍上はデビュー以来、手綱を取るC.ルメール騎手。

 

2枠3番、ホウオウビスケッツ(美浦・奥村武厩舎)。

新種牡馬・マインドユアビスケッツは、初年度からダービー出走馬を送り出してきた。6月生まれとサラブレッドの中では遅生まれながら、ここまで駒を進めることができたのは見事。前走の皐月賞では好位から進めるも17着。ダービー初騎乗の丸田恭介騎手と、巻き返しを図る。

 

2枠4番、トップナイフ(栗東・昆貢厩舎)。

こちらも新種牡馬・デクラレーションオブウォーの産駒であり、種牡馬新時代の流れを感じる。GⅠを含む重賞3連続2着と堅実な走りも、皐月賞は出遅れもあり7着。初出走となる府中のコースを、横山典弘騎手がどう導くか。テイエムオペラオーが獲れなかった栄光を、杵臼牧場にもたらすことができるかにも注目が集まる。

 

3枠5番、ソールオリエンス(美浦・手塚貴久厩舎)。

史上最少のキャリアで制した皐月賞。4コーナー17番手から、すべてを呑み込むような末脚を繰り出した。無敗という無限の可能性は、欠点が見えていないことと表裏一体である。広い府中に舞台を移し、さらにその末脚が輝きを放るのか、それとも。横山武史騎手にとっては、2年前の雪辱なるか。

 

3枠6番、ショウナンバシット(栗東・須貝尚介厩舎)。

前目から進めるレースセンスのよさで、大崩れしない堅実さが光る。皐月賞でも、道悪のインコースから進めて、最後の直線でもあわやの場面をつくった。ダービー2勝の鞍上・M.デムーロ騎手は、どんな騎乗を見せてくれるか。

 

4枠7番、フリームファクシ(栗東・須貝尚介厩舎)。

驚異のダービー4勝を誇る、金子真人オーナーが送り出すのは、シルバーステート産駒のフリームファクシ。きさらぎ賞1着から直行した皐月賞では、中団から進めるも直線伸びず。それまでは好位から進められるセンスのよさで好成績を収めていただけに、吉田隼人騎手はどう進めるか。

 

4枠8番、メタルスピード(美浦・斎藤誠厩舎)。

フリームファクシと同じ、種牡馬シルバーステートの2世代目産駒となる同馬。デビューからマイルを中心として使わてきたが、距離延長となった皐月賞では外枠17番と厳しい条件も、粘り込んでの4着と低評価を覆して見せた。生産馬が初のダービー出走となるタバタファームに、津村明秀騎手とともに吉報を届けるか。

 

5枠9番、グリューネグリーン(美浦・相沢郁厩舎)。

昨年の京都2歳Sを制したが、その後の3戦は苦戦。初勝利の舞台が東京であり、結党からも東京替わりはプラス材料のはず。昨年、GⅠ初制覇を成し遂げた石川裕紀人騎手が、ここでも大仕事を成し遂げるか。生産の本間牧場は、初の生産馬がダービー出走となる。

 

5枠10番、シャザーン(栗東・友道康夫厩舎)。

東京2400mの勝ち方を熟知している友道師が送り出すシャザーン。すみれSを使うローテは、やはりダービーを強く意識したものか。皐月賞でも、外からしぶとく伸びて6着を確保。岩田望未騎手とともに、躍進を図る。

 

6枠11番、ハーツコンチェルト(美浦・武井亮厩舎)。

2歳時から評価の高かったが、青葉賞2着でなんとか出走を確保。同じ舞台設定のダービー、ハーツクライの血がどこまで成長を促すか。鞍上は松山弘平騎手、生産のハシモトファームは初のダービー出走。

 

6枠12番、タスティエーラ(美浦・堀宣行厩舎)。

道悪の皐月賞では、好位から先に仕掛けて最後まで粘っての2着。勝ち馬の末脚には屈したが、価値のある2着だった。重馬場の鬼だった父サトノクラウンの血も騒いだか。前走に続いて手綱を取るD.レーン騎手が、ダービーでの戴冠を導くか。

 

7枠13番、シーズンリッチ(美浦・久保田貴士厩舎)。

ドゥラメンテ産駒は、先週もリバティアイランドがオークスを制したように、舞台適正は十分。毎日杯1着から皐月賞をパスして挑むダービー、戸崎圭太騎手の悲願なるか。

 

7枠14番、ファントムシーフ(栗東・西村真幸厩舎)

ダービー6勝のレジェンド・武豊騎手が手綱を取るのは、ファントムシーフ。長くいい脚を使えるのが強みで、皐月賞では1番人気に支持されたが、道悪も影響したのか3着と惜敗。名門・谷川牧場に、悲願のダービー制覇をもたらすか。

 

7枠15番、ノッキングポイント(美浦・木村哲也厩舎)。

新馬、1勝クラスと東京で2勝。特に新馬戦での末脚は出色だった。母はオークスでも2着と好走したチェッキーノ、血統からも楽しみは大きい。北村宏司騎手とともに、躍進を狙う。

 

8枠16番、パクスオトマニカ(美浦・久保田貴士厩舎)。

プリンシパルS1着で出走権を獲得。そのプリンシパルSを含む全3勝はすべて逃げ切りでの勝利と、前進気質は十分。外目の枠を引いたが、田辺裕信騎手はどう出るか。

 

8枠17番、ドゥラエレーデ(栗東・池添学厩舎)。

昨年のホープフルSを制したあと、果敢にUAEダービーに海外遠征。デルマソトガケの2着と好走した。ケンタッキーダービーへの出走プランもあったが、脚元の状態を鑑みて帰国。世界を股にかける2歳王者が、坂井瑠星騎手と「日本」ダービーに挑む。

 

8枠18番、サトノグランツ(栗東・友道康夫厩舎)。

初勝利まで3戦を要するも、そこから破竹の3連勝で京都新聞杯まで制して、ここへ駒を進めてきた。その京都新聞杯は、大混戦となったものの、最後の決め手で抜けだした。マカヒキのハナ差2着に泣いた、父サトノダイヤモンドの雪辱を晴らせるか。鞍上は、2週連続GⅠ勝利がかかる川田将雅騎手。

 

いずれも、厳しいダービー・ロードを勝ち抜いてきた精鋭たちが、チャンピオンコースである東京2400mに挑む。

3.レース概要

中間も好天に恵まれ、良馬場での開催。

ゲートが開くと同時に17番ドゥラエレーデが躓き、坂井瑠星騎手が落馬という波乱の幕開け。

好枠からホウオウビスケッツが行きかかるも、1コーナーに入る前で外からパクスオトマニカがハナを奪う。

シーズンリッチ、メタルスピード、そしてタスティエーラも前目のポジションを確保。

その後ろにソールオリエンス、最内からべラジオオペラ。

フリームファクシ、シャザーン、ファントムシーフ、スキルヴィングは中団よりやや後ろのポジション、最後方から進めるのはトップナイフ、ハーツコンチェルト。

向こう正面に入り、田辺騎手が刻んだラップは1000m60秒4だが、徐々に差を広げていくパクスオトマニカ。

番手のホウオウビスケッツ以下は、かなりのスローペースとなり、ソールオリエンスも折り合いに苦心をしている様子。

ペースを察知して、スキルヴィングが後方から押し上げ、ハーツコンチェルト、ファントムシーフもそれに追随していく。

3コーナーの大欅のあたりでは、パクスオトマニカが10馬身以上と大きくリードを広げて、後続はなだれ込むようにして直線へ。

先頭を追うホウオウビスケッツ、外からタスティエーラが脚を伸ばす。

その後ろからハーツコンチェルトとソールオリエンスが追う。

残り200を切って、タスティエーラが先頭に立つ。

外からソールオリエンスが並びかけ、さらにその外からハーツコンチェルトが迫り、最内からべラジオオペラも伸びてくる。

4頭の追い比べとなったが、先に抜け出したタスティエーラが栄光のゴールを先頭で駆け抜けた。

クビ差の2着にソールオリエンス、ハナ差の3着にハーツコンチェルト。

勝ち時計は2分25秒2。

タスティエーラが、3歳サラブレッドの頂点に輝いた。

 

なお、2番人気に支持されたスキルヴィングだったが、17着で入線後にルメール騎手が下馬。

急性心不全により、この世を去った。

ルメール騎手が安全に下馬できるまで堪えていたことに、言葉がない。

ご冥福をお祈り申し上げます。

4.各馬戦評

1着、タスティエーラ。

皐月賞2着から逆転での戴冠。

中間を、ノーザンファームしがらきではなく天栄で調整していたことが伝えられていたが、異例ともいえる陣営の決断が最良の結果を生んだ。

「ダービーはテン乗りでは勝てない」というジンクスを、レーン騎手が打ち破った。

レーン騎手は、1コーナーへの入り方、ポジションの取り方が見事だった。

今シーズンの短期免許では、大舞台でなかなか勝ち切れないレースもあったが、最後の大一番でその鬱憤を晴らすような騎乗。

田辺騎手の幻惑のペースにも慌てず、きっちりと自分の形で走り切らせた。

そして何より、前走までの松山騎手の仕事も、称賛されるべきものだと思う。

新種牡馬・サトノクラウンは、初年度産駒がダービーを制するという快挙。

ノーザンダンサー直系としては、2006年のメイショウサムソン以来となる、17年ぶりのダービー制覇。

これまでダービーと言えば、ディープインパクト・キングカメハメハ系の牙城だったが、時代のターニングポイントとなった一戦になるのだろうか。

そのサトノクラウンを管理していた堀厩舎は、ドゥラメンテ以来となるダービー2勝目。

名門厩舎に、また新たな栄光が刻まれた。

 

2着、ソールオリエンス。

横山武史騎手の心情を慮ると、残酷すぎるクビ差に見えた。

皐月賞の鬼脚からすると、今日は思いのほか伸びなかった。

スローペースで折り合いに苦心していたのが響いたか。

さらに、直線ではハーツコンチェルトの松山騎手に締められて、外に出すのがワンテンポ遅れたことも響いたか。

「運がなかった」と横山騎手はレース後に語っていた。

風を、吹かせることができる日を信じて、この馬と横山騎手の次を楽しみにしたい。

 

3着、ハーツコンチェルト。

スローペースを察知して、向こう正面では後方4,5番手あたりだったのを、中団あたりまで押し上げる、松山騎手の勇気ある騎乗。

この大舞台で動いてくことの難しさを乗り越えて、自力でつかみ取った3着だった。

2歳戦の早くから評判が高く、東京コースでも好走していたが、その適性の高さを大舞台で活かし切った。

 


 

過去も、ジンクスも、すべてを越えていけ。

2023年日本ダービー、タスティエーラとレーン騎手が頂点に立った。

関係者の皆さま、おめでとうございます。

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