自分の感情に責任を持つことは、被害者のポジションを抜けだすことができるという、大きな恩恵を与えてくれます。
しかしそれは、自分の感情をコントロールすることではありません。
その違いについて、お伝えします。
1.アカウンタビリティの概念
心理学に「アカウンタビリティ」という概念があります。
私たちのまわりに起こることは、すべて私たちの選択の結果であり、他の誰にも責任はない、という視点です。
これは、ともすると「雨が降るのも、あの人が不機嫌なのも、ぜんぶ私のせいだ」というように聞こえてしまうかもしれませんが、そうした自分責めとは全く異なります。
それは、自分自身の人生を主体的に生きるために、必要な態度といえます。
感情を例にとると、それは受動的なものではなく、主体的なものである、という見方ができます。
「電車の列に横入りされて、私はイラっとした」というのが、一般的な見方です。
けれども、「感情自体も、私たちは自分自身が選んでいる」と見ることもできます。
もともとイライラとしていて、その怒る理由を探していた、という見方です。
同じように割り込みされたとしても、大好きなアーティストのコンサートの帰りなら、光悦としていて気にならなかもしれませんから。
私も、中日ドラゴンズがサヨナラ勝ちした試合を観に行った帰りなら、もう世界中に対してやさしくなれると思います笑
私たちの感情は、外界から影響を受けて引き起こされるように見えるけれども、実はその逆で、もともとあった感情を見つけるのに、外界を使っているともいえます。
そうした感情に責任を持つこととを、「アカウンタビリティ」と呼んだりもします。
2.感情に責任を持つことの恩恵
さて、そうした「アカウンタビリティ」の態度を取ることは、私たちに本当に大きな恩恵を与えてくれます。
それは、被害者をやめることができる、という恩恵です。
外界からの影響で感情が引き起こされる、とすると、私たちは起こっていることに対して、非常に無力です。
そして、容易に被害者のポジションに入り、周りを、そして世界を責めることになります。
「あの人のせいで、こんなイヤな気持ちになる」
「こんな世の中だから、暗い気分にもなるよ」
…などなど、自分のネガティブな感情や想いを、誰かや何かのせいにしてしまいます。
その被害者のポジションは、自分から何もしなくていいという意味で楽なのですが、自分からは何もできないという、依存的な状態になります。
たとえば、「あの人が謝ってくれないから、私の傷は癒えない」、というように。
そして、「悪いのはあの人だ」と、相手のことを責め続けてしまうわけです。
これが、しんどいんですよね。
私たちは、誰かを責めるとき、その相手を攻撃する罪悪感からは逃れられません。
それは、いくらこちら側が正しかったりしても、です。
その罪悪感は、私たち自身を罰し、幸せから遠ざけてしまいます。
これが、被害者のポジションの怖ろしさといえます。
しかし、「アカウンタビリティ」によって、自分の感情に責任を持つと、この被害者のポジションから抜け出していくことができます。
誰かや何かのせいにしなくなることで、自分軸で行動ができるようになるわけです。
これが、「自分の感情に責任を持つ」ことの、大きな大きな恩恵です。
3.責任を持つことと、コントロールすることは違う
感情はコントールできない
「自分の感情に責任を持つこと」と書きましたが、これと「感情をコントロールすること」とは全く違うものです。
「アカウンタビリティ」の話に限った事ではないのですが、「そうか、それで楽になるのなら、そう思わないといけないんだな」と思ってしまいがちです。
これは、真面目な人や素直な人、いい人をやってきた人ほど、そう思いがちです。
はい、私もさんざん、「そうしなきゃ」と思ってきました笑
けれども、そうじゃないんですよね。
「そう思わないといけない」というのは、自分自身の感情や感じていることを無視して、無理矢理に矯正してしまうようなものです。
それって、しんどいですよね。
歯列矯正でも、矯正中はイヤーな痛みがありますが、それを感情でやってしまうようなものです。
まして、感情はコントロールすることができません。
浮かんでは、消えていくものです。
そして、もしその矯正の「痛み」を無視していると、感情に対して鈍感になっていき、しまいには不感症のようになってしまったりもします。
「自分の感情に責任を持つ」とは、決してそんな風にコントロールすることではありません。
自分自身の感情を自覚し、メンテナンスができること
じゃあ、「自分の感情に責任を持つ」とは、どういうことか。
それは、「自分の感情に自覚的であること」といえます。
少し言葉を変えると、「自分のことを、感情も含めて、丁寧に扱う」といえるでしょうか。
私たちは、自分の感じていることに対して、無自覚な場面がとても多いものです。
もちろん、仕事中であったり、誰かの前であったり、その感情を抑えないといけない場面があるのは確かです。
けれども、そうして感情を抑えつけたままでいると、その感情に無自覚になってしまいます。
そして、その感情を無自覚なまま、大切な人にぶつけてしまったりもします。
そうではなくて、まずは自分自身の感情に自覚的であることが、大切です。
それは、いつもポジティブでいなければいけない、ということでもありません。
自分の中にある悲しさや寂しさ、みじめさといった、ネガティブな感情を抑え込まず、安全な場所で吐き出す、ということです。
誰かに話を聞いてもらったり。
歌や踊りで表現したり、身体を動かすことで発散したり。
いろんな方法がありますが、そうした自分の感情のメンテナンスができること、それが「自分の感情に責任を持つこと」です。
それは、感情をコントロールすることではありません。
ただ、適切で、安全な形で、自分の感情を扱う、といえるでしょうか。
そうした先に、「アカウンタビリティ」の恩恵はあります。
今日は、自分の感情に責任を持つことと、感情をコントロールすることの違いというテーマで、お伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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