大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

時には、昔の話を。 ~働くことと、父性と。

私が社会人になって、働き始めたとき。

ある社会人の先輩と、お酒の席で話していたことを思い出します。

働くって、どんなことなんだろう。

なんのために、働くのだろう。

自分がどのように働くのか、ひいてはどうやって生きていくのかについて、サンプルというか、そういったものが欲しかったのかもしれません。

それは、社会人になる前に、父と母を亡くした私にとっては、「働く人」のモデルが少なかったからなのかもしれません。

もちろん、健在だったとしても、何か相談ができたかどうかは、別の問題ではありますが。

その方がどんなことを話したのかは、お酒のせいか全然覚えていないのですが笑、自分が言ったことは、なぜか覚えています。

「あなたと仕事ができて、よかった」

「あなたと仕事をして、楽しかった」

そう言われるような仕事をしたい。

そういう、働き方をしたい。

もちろん大前提として、生活のため、というものはあるのですが。

けれど、それは見ようによっては、他人の目を気にしすぎにも見えるかもしれません。

まあ、その後の私の犠牲とハードワークを考えると、その見方は非常に正しいとは思いますが笑

ただ、それはそれとしても。

心理学を学び、自分の心の内面と向きあってきても。

まだなお、そう思うのです。

「あなたと仕事ができて、よかった」

「あなと仕事をして、楽しかった」

ある意味でそれは、「何を成し遂げるか」をあまり重視していなかったのかもしれません。

三つ子の魂百まで、といいますが、もう昔からそういったことは苦手でした笑

時は流れて。

そのとき勤めていた場所を辞めることになって。

取引先の方に、あいさつしたことがあったんです。

還暦も過ぎた方で、よくかわいがってもらったものでした。

なんでやめるんだ、バカヤロウ

口の悪い方でしたので笑、開口一番そんなことを言われながらも、最後にはこう言ってくださいました。

「ずいぶんと世話になったな。ありがとうな」

もし自分が60過ぎて、それなりの立場があったとしたら。

自分の年齢の半分もいっていない若い人に、あんな風に素直になれるだろうか。

そんな風に感じたものでした。

それはともかくとして、振り返ってみると、私が願ったことは叶っていたなぁと思うのです。

「楽しかったよ」

そんなことも、仰っていただいたように覚えています。

その場所を離れてからも、何度かお会いしました。

仕事を離れてからも、一人の人として付き合っていただけるのは、ありがたい限りではありました。

父性、というものを喪っていた私にとって、大きな存在だったようにも思います。

年に何回も会うわけでもないですし、連絡を取り合うわけでもなかったのですけれどね。

よく仕事をサボって喫茶店に連れ込まれ、いろんな話を伺いました。

自分の身体のこと、いま進めている仕事のこと、ご家族のこと。

腰がいてえ、あれがダメだ、金繰りが…とか、いつも文句ばかりを聞いていた気がします。

けれども必ず最後には、「お前もがんばれよ」と言いながら、喫茶店を出るのでした。

その「がんばれよ」には、微塵の嘘偽りもなかったように感じます。

働くって、どんなことなんだろう。

なんのために、働くのだろう。

いまの私が考えてみても。

やっぱり、新社会人になったばかりの私と、同じことを想うのです。

「あなたと仕事ができて、よかった」

そう思っていただけるような、そんな仕事がしたいと思うのです。

いつの日か、あちらで再会できたら。

父に、同じ質問をしてみたいとも思います。

父なら、どう答えるのかな。

そんなことを考えながら、仕事をする今日です。