誰かの幸せを祈るとき、私たちはとても大きな幸せを感じることができます。
「許し」や「手放し」は、その境地に私たちを導いてくれるものです。
1.ゆっくり、手放していきましょう
昨日の記事では、「手放し」は寄せては返す波のように進むもの、というテーマでお伝えしました。
「手放し」は、寄せては返す波のように進むもの。 - 大嵜直人のブログ
「手放し」とは、執着をゆるめ、自分に選択肢を与え、自由を与える心のはたらきを指します。
執着していてしんどいと、誰でもその対象を乱暴に捨てようとしたり、無理やりにつながりを切ろうとしたりしてしまいます。
「手放し」は、そうした離れ方ではありません。
握りしめていた手を、そっと開くように、その相手にも自分にも、自由を与える。
そんなイメージの、心のはたらきです。
こうした「手放し」ですが、「よし、手放そう!」と思っても、なかなかすぐにその境地には至れなかったりします。
「でも、やっぱりあの人のことが…」とか、「いや、この仕事じゃないと…」とか、感情がついてこなかったりしますよね。
あるいは、手放せて心穏やかになったと思ったら、次の瞬間には、ドロドロした愛憎が湧き上がってきたり。
そんなとき、手放せていないのはダメだ、と自分を責めないでください、というのが昨日の記事のポイントでした。
「手放し」とは、一直線に進むものではなく、寄せては返す波のように、行っては戻りしながら、進んでいくものだからです。
執着していると、どうしても早く楽になりたくて、手放したい!という思いが強くなってしまうものですが、ゆっくりで大丈夫なんです。
執着してしまう、なかなか手放せない自分を、許す。
それが、「手放し」のプロセスでは、とても大切なことです。
2.「許し」と「手放し」の類似性
さて、そんな「手放し」ですが、「許し」ともよく似ています。
どちらも癒し(ヒーリング)の一部であり、それゆえカウンセリングの中核的なテーマになることが多いものです。
「手放し」とは、自分に選択肢を与え、自由を与えること。
「許し」とは、相手やできごとを、100%主体的に受け入れること。
2つの点で、その「許し」と「手放し」は似ています。
まず、そのいずれも、その相手やできごととの関係性を変えることができること。
もう一つは、そこに至ったあと、その対象に感じる情感です。
「手放し」も「許し」も、その相手やできごとに対する、自分自身の見方を変えていくことができます。
見方を変えると、その対象との関係性が変わります。
執着しているとき、許せないとき。
その対象との関係性は、硬直化しています。
どうしても、忘れられなかったり、許せなかったり。
それが、自分のなかで悶々として、けれど現実は変わらなかったりします。
しかし、手放すこと、許すことによって、その対象との関係性が過去のものにすることができます。
「あなたもしんどかったし、わたしも辛かった」
「けれど、いま、あなたは自由です。わたしもまた、自由です」
その相手やできごととの関係性を、再び動かしていくことができます。
執着していたり、ずっと許せなかったりしている間は、終わりのない学校生活のようなものです。
しかし、「許す」こと、「手放す」ことによって、それを「卒業」することができるわけです。
もちろん、「卒業」したからといって、まったく関係なくなるわけではありません。
ときに思い出したり、ときに母校を訪れてみたりすることはできます。
でも、それはあくまで「卒業生」としてであって、その対象との関係性は変わるものです。
卒業した母校をまた訪れることはあるかもしれませんが、また中学生として通うことはできませんよね笑
相手やできごととの関係性を変えていくとは、そんなイメージでしょうか。
「許し」にも、「手放し」にも、そんな関係性を変えていける力があります。
3.相手の幸せを祈ること
「許し」と「手放し」の似ている、もう一つの点。
それは、どちらもそこ至ったときに感じる情感です。
究極的に言ってしまえば、「許し」にしても、「手放し」にしても、そこに至るとこんなことを感じるものです。
その相手の幸せを、祈る。
そのできごとに、感謝する。
不倶戴天の仇のように怒りと憎しみを感じてきた、あの人。
あの人が、いま幸せでいますように。
どうして自分にこんなことが、と理不尽さを嘆いてきた、できごと。
それがあったからこそ、と感謝する。
「許し」も「手放し」も、プロセスが進むと、そんなことを感じる時間が多くなります。
「ありえない!」と思われるかもしれません。
でも、ほんとうなんです。
たとえば、不本意ながら別れた、過去の恋人。
その相手のことを、「いま、なにしてるかな。元気だといいな」と、ふっと思い出す時間。
そんな経験がある方も、いらっしゃると思うのです。
そのとき、私たちはその相手を手放せているのでしょうし、また自分を許せているのでしょう。
もちろん、そんな風に穏やかにいられることもあれば、「やっぱりムカつく!」と執着がぶり返してしまうこともあるかもしれません。
でも、それでいいんです。
たとえそうであったとしても。
誰かの幸せを祈るとき、私たちはとても大きな幸せを感じることができるものですから。
そのできごとに感謝できるときも、同じです。
「許し」も、「手放し」も。
その境地に、私たちを連れていってくれるものです。
今日は、「許し」と「手放し」が見せてくれるもの、というテーマにしてお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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