今日は昨日の延長ではないし、明日は今日の延長でもない。
ただ、今日があるだけ。
遥か昔から一直線に引かれた時間軸をたどって、まだ見ぬ未来へと水平なX軸をカタカタと進むようなイメージで時間を考えてしまうけれど、私たちが生きるのは今だけなのです。
けれど、過去にあった不快な出来事を思い出しては、その出来事に貼り付いた感情を牛のように反芻してみたり、まだ見ぬ将来の未確定な予測に怯えてみたり、怖れてみたりしてしまうことがあります。
ええ、私も往々にしてそうなります。
ところが、過去にあったどんな出来事も今日の出来事に影響することはないですし、今日どんな出来事が起こっても明日何が起こるかは誰にも分かりません。
きっと、今日を生きるのに、楽しむのに、息をするのに、耳を澄ませるのに、過去も未来も関係ないのでしょう。ただ、今日の風景や音や香りや味があるだけ。
とは言えど、なかなか過去と未来から今を切り離すのは難しいことです。
前の試合でホームランを打たれた打者と、また対戦するのは嫌な印象を受けるかもしれませんし、
フラれた彼女が好きだった歌手の名前を耳にすると、胸が締め付けられるかもしれませんし、
自分が信じられないときほど、未来は得体の知れないどす黒い感じがするかもしれません。
だから、日々日々練習です。
日常の細部を見つめる練習。
今そこにある奇跡を見つける練習。
与えられれた沢山のものを受け取る練習。
センスでそれをできる人もいるかもしれませんが、練習の「量」は裏切りません。
日々日々、練習と積み重ね。
そこからブレたら、ブログなりのルーティンでまたリセット。
きっと積み重ねた先には、想像していたよりもずっと豊かないまがあることでしょう。
もしも疲れたりしたら、居心地のいいお店で、穴子の焼けるのでもゆっくり眺めながらグラスを傾けるのもいいかもしれません。
どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。