日本時間の今日の夜半、遠く中東のアラブ首長国連邦では、競馬の祭典「ドバイワールドカップデー」が開催される。
その冠名の「ドバイワールドカップ」を含む5つのG1レースと3つのG2レースが今日一日で開催される、まさに競馬の祭典。
今日はその「ドバイワールドカップ」において、あの年に偉業を成し遂げた優駿たちに寄せて綴ってみたい。
第16回、ドバイワールドカップ。
オールウェザー・2,000m。
日本から3頭の優駿が、ここドバイで行われる世界最高峰のレースに挑戦した。
アラブ首長国連邦、シェイク・モハメド殿下の創設したこの国際競争は、第1回が行われた1996年より世界最高賞金のレースとして、世界の競馬地図の中にその地位を確たるものにしてきた。
北米の連勝記録、16連勝を誇ったアメリカの伝説・シガーから連なる歴代の優勝馬には、錚々たる名馬の名前が並んでいる。
日本馬の挑戦は第1回のライブリマウントの6着から始まったが、前年までに18頭の砂の優駿の挑戦をもってしても第6回のトゥザヴィクトリーの2着が最高と、世界のモンスターたちの厚く高い壁に跳ね返され続けていた。
そして迎えた2011年。
前年から開催されるコースが、ダート(砂)からオールウェザーと呼ばれる化学素材を敷き詰めた全天候馬場に変更されたこともあり、芝・ダート(砂)各方面のチャンピオンホース3頭が挑戦した。
前年の皐月賞・有馬記念を制した芝のグランプリホース、ヴィクトワールピサとミルコ・デムーロ騎手。
ダートの国内最高峰レース、ジャパンカップダートとフェブラリーステークスを連覇した、トランセンドと藤田伸二騎手。
その強烈な末脚で天皇賞・秋を含むG1を5勝して現役最強と歴代最強牝馬の呼び声高い、ブエナビスタとライアン・ムーア騎手。
当時の日本の芝・ダート、牡馬牝馬を含めた最強の布陣で挑んだ世界最高峰のレースは、2011年、現地時間3月26日夜・日本時間3月27日未明に発走を迎えた。
そう、2011年3月。
これに11日という記号を加えると、21世紀の日本においては特別な意味を持つ。
東日本大震災。
日本における観測史上最大のこの地震は、1万5千名を超える尊い人命を奪い、さらには福島第一原子力発電所を制御不能に陥れる原発禍を引き起こした。
第二次世界大戦後の日本が初めて経験する未曽有の国家存亡レベルとも見える危機に、日本は先の見えないどん底にあった。
「自粛」という名のもと、繁華街から灯りが消え、テレビからは笑い声が消えた。
当時の私の仕事においても部品の供給が止まり、生産活動はストップ。
しばらく開店休業状態に陥った。
競馬にしても、福島競馬場と中山競馬場が被害を受け、何とか代替の競馬場での開催にこぎつける状態。
プロ野球やサッカーなどにしても、「こんな時期に、娯楽なんて・・・」という意見もある中での開催となったのを覚えている。
そんな震災禍から2週間、出口の見えない暗い世相の中、その日本から遠く離れた中東・ドバイの地を踏んだ3頭と3人による史上最大の挑戦のゲートが開く。
スタートから勇敢にハナ(先頭)を奪い、レースを進めるトランセンドと藤田。
藤田が向こう正面で主導権を握りペースをスローに緩めたのを見ると、最後方から追走していたヴィクトワールピサとミルコは「禁じ手」とも「奇襲」とも言える、残り1,000メートル地点でのマクリを敢行。
前年、ブエナビスタの末脚をハナ差封じ込めた有馬記念と同じ戦法に出る。
一方、ブエナビスタは有馬記念と同様に後方待機のまま。
果たしてそれミルコとピサの読んでいたのか、藤田とトランセンドはピサを横目で確認すると、ハナは譲らずに最終コーナーに突入する。
どの海外の強豪馬も手応えよく直線を向く。
一段となる馬群。
外から抜け出しにかかる、ヴィクトワールピサ。
内から必死に差し返す、トランセンド。
後続の12頭を引き連れて、2頭の火の出るような永遠とも思える叩き合いの末、ゴール板を通過したときにはヴィクトワールピサが半馬身だけ前に出ていた。
16回目にして初めて成し遂げられた日本調教馬による、ドバイワールドカップ制覇。
しかもワンツー・フィニッシュという歴史的快挙。
喜びを爆発させ、雄たけびを上げるミルコ。
トランセンド・藤田と鞍上のグータッチで喜びを分かち合う。
そしてミルコは自らの胸の前で左腕で十字を切り、祈りを捧げる。
その左腕には、東日本大震災に沈む日本を想い、黒い喪章が巻かれていた。
被災者を想うことは、諸々の経済活動を自粛することなのか、いつも通りの生活をすることなのかは、今でも私には分からない。
たかがサラブレッドが走ることなど、慰めにもならないの深い悲しみを負ったという方も数えきれないほどいらっしゃると思う。
私も肉親を突然亡くした深い悲しみを抱えていた時分には、毎年「母の日」「父の日」というイベントがやってくる度にその文字を呪った。
けれども。
彼らの未だ誰も成し遂げていない奇跡への挑戦の走りに、勇気づけられた。
そんな人が、必ずいる。
「母の日」「父の日」というイベントがあったことで、互いに許し、受け入れあうことができた親子が、必ずいるように。
だからこそ。
あなたがあなたの道を走ることを止めないでほしい。
諦めないでほしい。ためらわないでほしい。
遠慮しないでほしい。気を遣わないでほしい。
あなたの道を走ること。
あなたしか走れない道を、あなたが走ること。
それが最も多くの人を笑顔にして、最も多くの人を幸せにするんだ。
その走りが勇気を与えたり、元気を与えたりできる人が、必ず、いる。
そう、ヴィクトワールピサとトランセンドの、あの走りのように。