乗り慣れない車のハンドルを握りながら、帰宅時の渋滞に嵌まっていた。
前を走るバスは都度バス停に停まって殊更に遅いが、交通量が多く車線変更するのも億劫だった。
頭の芯がじんじんとした感覚は、まだ引かない。
だいたい、担当だけのはずが支店長と副支店長まで出てくるとは、想定外だった。
それなら、こちらも最初から頭数だけでも揃えておけばよかったと思う。
過剰包装のような言葉のオブラートに包んで、あれやこれやと尋問のような質問を受け、その度にさも想定内ですとばかりに表情を崩さずにフル回転させた頭の芯は、焼き切れたように疲れを感じた。
やはり、お金の話は疲れる。
だいたい、交渉は苦手だ。
いつも私の交渉術は「スペードエース」を真っ先に切る。
しかも、それが「切り札です、後には何もありません」と分かるようにして切るのだ。
四方からジャブを打つような交渉の仕方をしていた時期もあったが、結局、最初に切り札を切ってしまう方法が残った。
そんな交渉「術」とも言えないような方法でも、それに対しての相手の出方で信頼を築けるのかどうかが分かる。
そして、だいたいの相手が同じように「切り札」を切ってきた。
話はそこから始まるのだ。
けれど、なかなかそれがうまくいかない相手も、世の中にはいる。
今日もそうだった。
同じように「スペードのエース」を持っているのか、それともそれに唯一勝てる「ハートのクイーン」を持っているのか、よく分からない。
結局、何を言っていても、最後に署名捺印するまでは分からない、ということだ。
暖簾に腕押し、という言葉がよく似合う。
横の車が鳴らしたクラクションを聞きながら信頼が欲しい、と思った。
信頼は、自己同一性の積み重ねから生まれる。
ビジネスにおいては言行一致、ということだ。
彼らから信頼される日が来るまで、どれくらいかかるのだろうか。
西日が眩しくなって、私はサンシェードを下ろした。
渋滞は、まだ抜けるまでかかりそうだ。
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報告書と残務を早々に終えて、帰宅した。
玄関で鍵をかざすと、機械音が鳴った。
宅配ボックスを開けると、荷物が届いていた。
そういえば、井上 征良姫にお願いしていたジャムとパウンドケーキが今日届くのを忘れていた。
以前に「かんきつジャム」と「りんごジャム」を購入させて頂いてから、征良姫のジャムのファンになった。
その新作のいちごジャムが届いていた。
適当に夕飯を済ませて、紅茶を淹れた。
甜菜糖のコクのある甘さの、イチゴジャム。
ぽんかんピールがアクセントの、パウンドケーキ。
その甘さを感じると、ほっと息をつけた。
今日初めて、「自分の」呼吸ができたような気がした。
ジャムの販売をする征良さんを応援したかったのだが、結局応援されているのは私自身だということに気づいて、苦笑する。
遥か昔の学生時代に登った高尾山は、変わらず心地よい風が吹いているのだろうか。
気づけば、頭の芯の火照りはどこかへ消えていた。
明日の朝はヨーグルトとイチゴジャムにしようかと、などと思った。