大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

令和元年(2019年) 第86回日本ダービー観戦記

朝5時前に起きて、家を出た。

目指すは東京都府中市。

令和元年の、日本ダービーへ。

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新幹線の車窓から覗く霊峰は、皐月の青空によく映えていた。

ダービー晴れ、東京優駿日和とでも言うべきか。

ダービーはワクワクというより、切なくなる。夏の甲子園の決勝のようでもあるし、終わった後に必ず訪れる祭りの後の寂しさ、ロスを想像してしまうこともある。

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新横浜で横浜線に乗り換えて菊名まで。菊名から東横線で武蔵小杉へ。

学生時代に何度も通った武蔵小杉は、タワーマンションが林立し、多くの線との相互乗り入れにより見慣れない行き先が表示されて、少し寂しくなる。

武蔵小杉でJR南武線に乗り換え、府中本町へ。新聞を抱えた男性客で満員の車内で、あと6,7時間もすれば、この胸の高鳴りが終わってしまうと思うと、すでにやりきれない切なさが去来する。

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辿り着いた東京競馬場。

夏空を思わせる青い色と、目に痛いほどの陽の光。

なぜ、青い空と緑の芝とスタンドを見ると、こんなにもテンションが上がってしまうのだろう。

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ダービー・デイらしく、午前中のレースからパドックにも多くの人が見られる。

1レース目から、場内のテンションは異様に高く、スタンドから大きな歓声が飛ぶ。いつもどおりなのは、当たらない私の馬券だけだ。

そして、レース終わるたびに、ダービーへの時間が近づいていくことを実感する。

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10レースのむらさき賞が終わると、確実に場内の雰囲気が変わった。私はゴール前スタンドの立見席の場所を確保して、ダービーまで地蔵になることにした。

あと、1時間。これほど特異点となる1時間も、ないだろう。

早く過ぎて欲しい、けれど、過ぎて欲しくない…何なのだろう、この1時間は。

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びっしりと埋まってきたスタンド。

指定席の2階、3階席で観戦できたら快適だろうとは思うのだが、それでも私はこのゴール前の立見席の雑踏が好きだ。

かつて、ナゴヤ球場の内野席のチケットを持っていたのに、「外野のライトスタンドがいい!」と言って父を困惑させたことを思い出す。

昔からそんな気質は変わらないのかもしれない。雑踏が、人ごみの中で観戦するのが、好きなのだ。

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いよいよ、本馬場入場。

白い先導馬に導かれ、栄光の18頭がターフに姿を現す。

各馬の白いゼッケンを見ると、ダービーなんだと実感する。

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赤い帽子、圧倒的1番人気のサートゥルナーリア。

その後ろ、青い帽子は人気の一角、ダノンキングリーも気配は絶好のように見える。

そして黄色い帽子に黄色いメンコ、5枠9番、ニシノデイジーと勝浦騎手。

今日はこのコンビに声援を送りに来た。

大好きだったセイウンスカイの血を引く、西山牧場の執念。

去年の札幌3歳ステークスから応援してきたが、よくぞダービーまで駒を進めてきてくれたと思う。

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単勝1倍台の圧倒的支持を集めたサートゥルナーリアが、スタンド前を悠然と歩いていく。無敗のダービー馬、そして歴史的名馬の誕生となるか。

ルメール騎手から乗り替わりとなった、鞍上のダミアン・レーン騎手の心中はいかに。

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ゴール板を過ぎたあたりで踵を返し、キャンターで駆けていくサートゥルナーリア。

漆黒の馬体が、5月とは思えぬほど強い陽射しを浴びて輝く。

芸術品のような、生命力あふれる3歳サラブレッドの粋を見ているかのようだ。

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2番人気のヴェロックスと川田騎手。

こちらも返し馬の雰囲気は絶好のようで、待機所へ落ち着いて駆けて行った。

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青葉賞馬・リオンリオンと若武者・横山武史騎手。

最後に、スタンド前をゆっくりと駆けて行く姿は、スター性十分のように感じた。

無念の騎乗停止となった父から受け継いだ手綱。

若く才気あふれる騎乗で、大胆に乗ってほしいと願った。

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本日の入場者数は11万人超。

東京ドームの巨人戦2回分の人を、この東京競馬場が飲みこんだと思うと、改めて驚いてしまう。さらに驚くべきなのは、入場者レコードのアイネスフウジンが勝った1990年は19万6千人だったという。

このすし詰めの人の2倍近い観客…文字通りの「立錐の余地もない」状況だったのだろう。

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木村カエラさんによる国家独唱が終わり、緊張感が一気に高まる。

スタート地点へ、各馬が移動を始める。

ターフビジョンに、サートゥルナーリアが激しく首を振っている姿が大きく映し出され、スタンドが大きくどよめく。返し馬までは、あれほど絶好の気配だったのに。

シーザリオ、エピファネイア、リオンディーズ…激しい闘争心と紙一重の狂気の血が、ここで騒いでしまったのか…

ファンファーレが鳴り響き、2,400m彼方の栄光へのゲートが開く。

同時に、スタンドが再びどよめく。

サートゥルナーリアが出遅れた。やはり、あのイレ込みが効いたのか…

前の止まらないこの日の超高速馬場で、苦しい展開になることは誰しもが想像したことだろう。この不利を乗り越えて勝てるほどに、サートゥルナーリアの力は抜けているのだろか。

だが、もしこれで勝ってしまったら、それこそ歴代の名馬に並ぶような本当の怪物だろう…私はそんなことを考えていた。

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1周目のゴール前、先手を取ったのは1枠1番ロジャーバローズだった。

外からリオンリオンが前をうかがう。

1コーナーを回ったあたりで、リオンリオンがハナを奪い、リードを大きく広げていく。離れた2番手にロジャーバローズ、そこからまた少し離れて馬群が続いた。

向こう正面、1,000mの推定ラップがターフビジョンに表示される。

57秒8。

スタンドが三度どよめく。

いくらなんでも、速すぎるのではないか…

やがて大欅を越えて3コーナーを過ぎて、4コーナーを回って直線を向いた。

怒号のような大歓声。

私もニシノデイジーと勝浦騎手の名を必死に叫んだ。

ロジャーバローズがリオンリオンを交わして先頭に立つ。

ダノンキングリーが、抜け出したロジャーバローズに襲い掛かる。

ヴェロックスも食い下がる。

ニシノデイジーは内からするすると抜け出しにかかる。

サートゥルナーリアがようやく伸びてくるが、届きそうにない。

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ダノンキングリーがロジャーバローズに馬体を併せたあたりが、ゴール板だった。

サートゥルナーリアとヴェロックスは3番手争いか。

圧倒的1番人気が負けたゴール後は、一瞬の静寂が起こる。

まるで見てはいけないものを見てしまったかのように。

その瞬間が、好きだ。

非合理な現実を突き付けられ、もっと自由でいいよ、不確実でいいよ、それが人間なのだから、と諭されているようで。

ロジャーバローズと、ダノンキングリー。

私が観ていた位置からは、どちらが優勢か判別がつかなかった。

放心状態で掲示板を見ていると、やがて一番上の欄に「1」の文字が灯った。

湧きおこる大歓声。

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勝者のウイニング・ラン。

浜中騎手は、ダービー初勝利。

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12番人気、単勝9,310円。

人気もオッズも、人のつくりしもの。

いつも私は蜃気楼のような、その幻に惑わされる。

小賢しい他人の評価など、気にするな。

誰もお前の本当の力を知らない。

走れ。

勝ちたかったら、前へ行け。

ただひたむきに、走れ。

自らの身体に流れる、その偉大な血を信じて。

ためらうな、恥じるな、まっすぐに、走れ。

何度も何度も歓喜の拳を突き上げる浜中騎手に、胸が熱くなった。

オケラだろうが、ボウズだろうが、こちらも何度も何度も「おめでとう!!浜中ァ!!」と連呼した。

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ええもん、見せてもらった。

ありがとう、ロジャーバローズ。

ありがとう、浜中騎手。

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そして、おめでとう、ロジャーバローズ。

関係者の皆さま、おめでとうございます。

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やはり祭りの後の寂しさはとんでもなくて、しばらく私は壁にもたれかかってぼんやりしていた。
現地で観戦すると、11万人の寂寥感が漂うようで、なおさら寂しくなる。

来週からまた次のダービー馬を探すというミッションが始まるのだが、しばらくこの寂寥感は抜けそうにない。

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それでも、府中本町駅までの帰り道、ロジャーバローズの文字を見て、また私は「おめでとう」と一人つぶやいた。

おめでとう、ロジャーバローズ。

おめでとう、浜中騎手。

ありがとう、令和元年の日本ダービー。