荒れた天気の後は、空気が澄み渡る。
台風にしても、大雨にしても、大嵐にしても。
それまで滞留して濁っていた空気をかき混ぜ吹き飛ばし、そして新しい空気を運んでくる。
記録的な大雨が過ぎ去ると、澄み渡った青空が広がっていた。
その陽射しとともに、風が薫っていた。
皐月賞の、季節。
牡馬クラシックの第一戦、風薫る、緑鮮やかな中山競馬場で、そのスピードを競う。
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感染症の影響といえば、1972年には流行性馬インフルエンザの影響で、皐月賞の施行が5月末まで順延となった。
勝ったのはランドプリンスと川端義雄騎手。
ランドプリンスは、皐月賞で12戦目という戦績である。
今年の皐月賞で主役を張るコントレイルとサリオスは、いずれもキャリアが3戦で無敗という戦績であり、「レースに使って強くなる」から「いかに走るレースを厳選するか」という時代のトレンドの移り変わりを感じさせる。
ちなみにこの年のダービーは、七夕も過ぎた7月9日に施行され、武邦彦騎手とロングエースが勝っている。
無観客競馬なれど、今週もサラブレッドが走ることに、感謝したい。
ハイセイコーが熱狂を呼び、
ミスターシービーが追い込み、
サニーブライアンが18番枠から逃げ、
セイウンスカイが父の名を叫び、
オルフェーヴルが震災禍で覚醒し、
ドゥラメンテが吹き荒れた、
中山2,000m、皐月賞。
折しも、1993年に暴風のごとき末脚で皐月賞を勝ったナリタタイシンの訃報が、今週あった。
歴代の優駿たちの走りに想いを馳せながら、ゲートインを待つ。
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中山競馬場に戻ってきた、GⅠのファンファーレ。
晴れの舞台に立つ、3歳牡馬18頭。
新緑の陽射しの下、どの馬も輝き、生命力に満ち溢れている。
前日の不良馬場は、晴天と薫風により急速に乾き、良馬場発表まで回復していた。
それでも、内は少し荒れているか。
1枠1番、白い帽子のコントレイルと福永祐一騎手は、どう出るのだろう。
最内枠というのは、ある意味で諸刃の剣である。
相手を見ながら、出方を決めるという「後出しジャンケン」ができず、最初から「行く」のか「下げる」のかの決断を強いられる。
だから、自分以外のメンバーの出方に左右され、行き切るか、下げ切るか、という極端なレース選択になりやすい。
まして、内回りの中山2,000mは、ある程度の前目のポジションを取らないと不利である。
さらに、皐月賞前のレースでは外差しが多く決まっており、やはり内を通るのは不利と思えた。
福永騎手は、どんなレースプランを描いているのだろう。
そして、序盤の展開で、どこにポジションを取るのだろう。
枠順が決まったときから、ファンの多くが考え悩んだであろう、その疑問点。
私は、ゲートインに入るコントレイルと福永騎手を眺めながら、その疑問点の答えを待った。
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ゲートが開く。
コントレイルはいいスタートだ。
好位が欲しい各馬が外から殺到し、1コーナーに向かっていく。
宣言通りキメラヴェリテがハナを奪い、逃げるかとも思われたビターエンダー、ウインカーネリアンが続く。
その後に、シルクの勝負服、サリオスがいた。
鞍上には、コロナ禍の出国制限もあり、来日すらも心配されたダミアン・レーン騎手。
さすがにいいポジションを取り、折り合っているようだ。
「レーン旋風」を巻き起こした昨年に続き、今年も大暴れするのか。
コントレイルは。
テレビカメラに合わせて、馬群を前から順に追う。
いた。後方6,7番手。
私の想像よりも、だいぶ後ろだった。
スタートは五分よりもよかったように思ったが、なぜこの位置なのだろう。
「下げた」のか、「下げさせられた」のか、「行けなかった」のか。
福永騎手は、勝負どころでどう馬群を捌くつもりだろう。
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いつの間にか、だった。
3コーナーに入ったところで、いつの間にかコントレイルは外に持ち出し、捲り気味に上がっていく。
サトノフラッグを横に見ながら、その迫力は力強く、スケールの大きさを感じさせた。
季節が違えど、オルフェーヴルが3歳の時の有馬記念で見せた黄金の捲りを、私は思い出していた。
瞬時に先団に取りついていく。
待っていたとばかりに、レーン騎手がサリオスを追う。
抜け出す2頭。
併せ馬は、ワルツのように。
力のある馬同士が、最後の直線で叩き合う。
競馬の、醍醐味。
内か、外か。どっちだ。
外。
コントレイルが差し切った。
4戦4勝、無敗での皐月賞制覇。
その末脚、薫る風を運んでくるように爽やかで、そして鮮やかだった。
その末脚を爆発させた福永騎手の手綱も、また見事なものだった。
福永騎手は、皐月賞初勝利。
ワールドエース、エピファネイア、リアルスティール…悔しい皐月の記憶は、勝利のみで塗り替えられる。
そして、この勝利でクラシック完全制覇。
名手に、また一つ大きな勲章が加わった。
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人間というのは欲深いもので、ありがたいものにも慣れてくると、「もっと、もっと」と欲しがってしまう。
私もそんな業の深い人間のようだ。
一か月半後のダービーが、心から楽しみになった。
敗れたサリオスはじめライバルたちも、東京2,400の舞台で巻き返しを図るだろう。
気ははやってしまうが、まずは今日のコントレイルの末脚に酔いしれることにしよう。
その末脚、薫る風を運んで。
コントレイルと福永騎手、第80回皐月賞を制す。