阪神内回りコース、2,200mという非根幹距離、開催最終週、そしてパンパンの良馬場にはならないこの梅雨時期の気候。
宝塚記念に求められる資質は、「府中・根幹距離・パンパン良馬場」で開催されることの多い主要GⅠとは異なる。
それだけに、この宝塚記念がGⅠ初制覇の舞台になったり、さまざまなドラマを生んできた。
今週、ウマフリさんに寄稿させて頂いた1996年のマヤノトップガンもそうだったように思う。
もちろん、ディープインパクトやオルフェーヴル、テイエムオペラオーといった歴史的名馬も勝ち馬には名を連ねるが、やはり印象に残るのは「この宝塚の舞台でこそ」輝いた名馬たちだ。
さて、フルゲート18頭のうち、GⅠ馬が8頭という豪華メンバーが揃った2020年の宝塚記念。
「この舞台でこそ」輝くのは、どの優駿だろうか。
引き続き無観客は続けど、コロナ禍に見舞われながらも、一度も中断せずに開催を続けてこられた関係者の尽力には感謝したい。
人気を集めたのは昨年の皐月賞馬で有馬記念でも2着に入ったサートゥルナーリアとクリストフ・ルメール騎手、前走の金鯱賞ではスローペースの中、しっかりと折り合う成長した姿を見せて勝利を収めている。
それにラッキーライラック、クロノジェネシスの牝馬2頭が続く。
前走、大阪杯でGⅠ・3勝目を挙げたラッキーライラックにはミルコ・デムーロ騎、その大阪杯で2着だった昨年の秋華賞馬・クロノジェネシスと北村友一騎手。
以下、グランプリホース・ブラストワンピース、昨年末の香港ヴァーズを制したグローリーヴェイズ、ダービー以来の勝利なるかワグネリアン、天才の手綱で復活なるかキセキといった面々。
前日の土曜日の夜、阪神競馬場周辺は雨が降っていたようだ。
それが当日の朝は晴れ間も見え、午後には馬場状態の発表は良馬場まで回復していた。
ところが、変わりやすいこの時期の天候らしく、宝塚記念の1時間前、10レースを前にして、突然阪神競馬場に豪雨が降り注いだ。
コンディションの発表が稍重に変更となった中で、宝塚記念の発走時刻を迎える。
この直前の大雨が、どのような影響を及ぼすのか。
ゲートが開く。
前走大きく出遅れたキセキは、今回もそれほどいいスタートではなく後方から。
激しい先行争いの中、トーセンスーリヤがハナを奪う。
番手にワグネリアン、外枠からラッキーライラックが好位を主張する。
クロノジェネシスはその後ろをじわっと追走、5番枠のサートゥルナーリアはちょうど中団のインコースでじっとして、その外にブラスワンピース。
キセキは今回もスタートが決まらず後方からといった態勢で、レースは展開していく。
向こう正面に入り、前半の1,000mが1分ジャスト。
ミドルペースのようにも見えるが、馬場の影響がどれだけあるか。
3コーナーの手前から、キセキが捲り気味に仕掛けていく。
前走の天皇賞・春では1コーナーの手前から大きくかかってしまったが、今回は鞍上・武豊騎手の確信に満ちた捲りのように見えた。
それにラッキーライラックが押し上げていき、クロノジェネシスは抑えきれない手ごたえで先頭のトーセンスーリヤに並びかける。
内、ラッキーライラックと中、クロノジェネシスという大阪杯の上位2頭が並び、その外にキセキが追う。
サートゥルナーリアも中団から押し上げてくる。
阪神内回りの短い直線を迎える。
直線の攻防は、なかった。
一瞬でクロノジェネシスが抜け出した。
必死にキセキが抵抗するが、みるみるうちにリードを広げる。
独走。
古い話だが、1975年桜花賞、テスコガビーの杉本清アナウンサーの実況を思い出す。
後ろからは、なーんにも来ない
後ろからは、なーんにも来ない
後ろからは、なーんにも来ない
圧巻、独走、圧勝。
クロノジェネシス1着。
2着のキセキにつけた6馬身差は、1994年ビワハヤヒデの5馬身を超える、宝塚記念の最大着差での圧勝劇。
上り3F最速で36.3秒というこのタフなレースで、凱旋門賞馬の父・バゴの血が活きたか。
ここまでの着差を見せつけられると、秋には府中ではなく欧州の深い芝でのレースが見てみたくなる。
海外遠征は厳しい社会情勢だが、それでも夢想したくなる強さだった。
そして2着に復活のキセキ、出遅れから焦らずリカバリーした鞍上の手綱が見事だった。
超不良馬場を制した菊花賞が想起されるように、渋って力の要する馬場への適性は尋常ではない。
3着のモズペッロにつけた5馬身差も見事で、それだけに「水かき」がついているかのようなクロノジェネシスの異常な強さが際立つ。
その3着のモズペッロは12番人気を覆す激走。
この馬もまた道悪での実績があり、その適性が活きたか。
勝ち馬の後ろにピタリとつけた池添謙一騎手のエスコートもまた、見事だった。
サートゥルナーリアは4着、枠順なりにインコースでの追走を選択したが、見た目以上に内目はキツい馬場だったのかもしれない。
そう考えると、レース1時間前に降り注いだ大雨は、大きく各馬に影響を及ぼしたのかもしれない。
今回は道悪が堪えたかもしれないが、秋には良馬場の根幹距離で、その弾ける姿をもう一度見てみたい。
タフなレースの中で圧倒的な強さを見せつけた、2020年のクロノジェネシス。
最大着差の、最大幸福。
宝塚記念の歴史に、また「この舞台でこそ」の強さを輝かせた一頭が刻まれた。