大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

勝ちに不思議の勝ちなし。 ~2020年 マイルチャンピオンシップ 回顧

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし

今年2月に逝去された、故・野村克也氏が生前よく口にされていた言葉だ。
相手が勝手にミスをして勝ちが転がり込んでくることがあるから、「不思議な勝ち」は存在するが、負けるときは必ず何か理由があって負ける、と。
だから、なぜ負けたのか、の分析をすることが必要なのだ、と。

「ノムさん」の愛称で知られ、南海ホークス、ロッテオリオンズ、西武ライオンズなどを渡り歩き、捕手にして戦後初の三冠王を獲得するなど、球史に残る名選手として名を馳せた、野村氏。

「名選手、名監督ならず」の格言があるが、野村氏には当てはまらなかった。
流行語にもなった「ID野球」を掲げ、1990年代のヤクルトスワローズの黄金期を築きあげた。

それまで長いあいだ低迷していたヤクルトを、綿密なデータから導かれる戦術論、そして人間としての在り方を軸とした教育論をもとに、常勝軍団へと変貌させた手腕は、今なお高く評価される。

その根底にあるのは「弱者の戦略」だった、と野村氏は著書の中でも語っている。

当たり前にプレーしていたら、実力が上の強者が勝つ。
だから、弱者は弱者なりの戦略が必要なのだ、と。

ヤクルトスワローズの後も、阪神タイガースの再建を託され、東北楽天ゴールデンイーグルスの黎明期の監督を務めるなど、長く勝負の世界に身を置いた野村氏の言葉は、野球界を越えてビジネスや教育の世界でも読み継がれている。

だが、2020年のマイルチャンピオンシップを振り返ったとき、「勝ちに不思議の勝ちなし」とでも言いたくなる。

京都競馬場の改装により、史上初めて阪神競馬場で開催となったこのレースに、近年稀にみる豪華メンバーが揃った。

前年の春秋マイル王・インディチャンプ。
同じく前年のNHKマイルカップ、香港マイルを制覇したアドマイヤマーズ。
3歳からは、無敗の三冠馬にしか負けておらず、毎日王冠で古馬を破っていたサリオス。
NHKマイルカップ勝ちのラウダシオン。
阪神ジュベナイルフィリーズを勝っている快速・レシステンシア。
その他にも、2年前のNHKマイルカップの勝ち馬、ケイアイノーテック。
3年前の同レースの覇者・ペルシアンナイト。

その中でも、単勝1倍台に推された、「強者」グランアレグリア。

絶好の4番枠を引き、鞍上にはクリストフ・ルメール騎手を配し、臨戦態勢も理想的。
どれもが、「強者」として支持されるに相応しい要素だった。

そして、レースもまたそのようになった。

2番枠からレシステンシアが先頭に立ち、ラウダシオン、アドマイヤマーズも前目へ。
その後ろにグランアレグリア、4番枠の好枠を利して絶好のポジションを取り、しっかりと折り合いがついている。

インディチャンプは、グランアレグリアを後ろからマークする形。
大外17番枠から発進のサリオスは下げる選択で、後方から4頭目。

レシステンシアが刻むペースは、前半の半マイルが46秒9と思いのほか緩い。
勝ち気に引っ張っていく気勢が見られなかったのは、休み明けのせいなのだろうか。

瞬発力勝負となる中、アドマイヤマーズの川田将雅騎手は積極的に仕掛け、インディチャンプの福永祐一騎手も、グランアレグリアの進路をふさぐようにしてスパートをかける。

さらには、岩田康誠騎手が得意のイン突きで迫る、スカーレットカラー。
直線入ってすぐ、それらの後ろにいたグランアレグリアの進路は見当たらなかった。

だが、鞍上のルメール騎手は落ち着いていた。
徐々にその2頭の外に持ち出すと、溜めた脚を爆発させる。

鞭が入ってからの伸び脚は、まさに極上。
国内最高峰のマイラーたちを、ほんの刹那の間にまとめて交わしていった。

ルメール騎手の全く持って隙の無い騎乗に導かれて、「強者」が「強者」らしく勝った。

勝ちに、不思議の勝ちなし。
そんなことを考えたくなる、極上の1分32秒だった。

これでグランアレグリアは、前年のインディチャンプに続いて、史上8頭目の同年のマイルGⅠ制覇。
牝馬に限れば、1994年のノースフライト以来、史上2頭目となる快挙である。

今年はスプリンターズステークス1着、高松宮記念2着と短距離・マイル戦線を席巻し、GⅠ3勝、2着1回という見事な戦績。

例年であれば、年度代表馬の候補筆頭にもなりそうなものだが、2頭の無敗の三冠馬が2頭、そしてGⅠ最多勝を達成した牝馬が出た、今年はどうだろうか。

それはともかく、まだ4歳。
これで10戦目と大事に使われてきたことが、この馬に合っていたのだろう。

今日の走りを見る限り、2,000mくらいはこなせそうだが、今後はどんな進路を選択するのだろう。
その末脚が、次にどこで見られるのか、楽しみで仕方がない。

さらには、鞍上のルメール騎手。
アーモンドアイの天皇賞・秋から、GⅠを3連勝。
このグランアレグリアで勝ったスプリンターズステークスとあわせ、この秋のGⅠは4勝目となる。

大舞台での冷静沈着な判断と、的確なポジション取り、絶妙な追い出しのタイミングと、ますますその手腕に磨きがかかるばかりだ。

勝ちに、不思議の勝ちなし。
強者が強者の競馬をして、勝った。

グランアレグリアが、2020年マイルチャンピオンシップを制した。

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