ダービー・ロスに浸る間もなく、安田記念はやってくる。
春の府中GⅠ5連戦の掉尾を飾る、マイル王者決定戦。
紛れの無い府中のマイルを舞台に、歴戦のマイラーたちがしのぎを削る。
2022年の今年は、2月に同じ舞台のGⅢ東京新聞杯を4連勝で制し、マイルは5戦4勝2着1回と底を見せないイルーシヴパンサーと田辺裕信騎手が1番人気。
昨年の春に同じ舞台のGⅠNHKマイルカップの覇者・シュネルマイスターには、クリストフ・ルメール騎手が騎乗。前走はドバイで崩れたが、帰国初戦での巻き返しを図る。
さらに、3番人気のファインルージュには、「ダービー6勝ジョッキー」武豊騎手がはじめて騎乗。前年の秋華賞、前走のヴィクトリアマイルと惜敗が続いているGⅠの舞台で、鬱憤を晴らさんとする。
そして4番人気にソングライン。前走はサウジアラビアでのGⅢ1351ターフスプリントをルメール騎手の手綱で制し、返す刀で国内マイル戦線の統一を狙う。鞍上は池添謙一騎手。
さらには復活を期すサリオス、ダノンザキッドといった実績馬から、春のスプリント王者・ナランフレグも参戦するなど、多士済々の18頭が揃った。
週中から好天の続いた東京競馬場。
まだ梅雨入りの報は聞こえず、曇天模様ながら良馬場での開催となった。
鳴り響くGⅠのファンファーレに、スタンドを埋めたファンからの大きな拍手が送られる。
入場制限が撤廃となり、徐々にこの光景も「日常」に戻りつつある。
ほぼ揃ったスタートから、16番枠のレシステンシアが好発を決めて半馬身ほど前に出る。
内からダイアトニックも迫るが、ホウオウアマゾンが押してハナを争う。
最内のカフェファラオ、好枠のダノンザキッドも前目につけ、その一列後ろにファインルージュ、その外にサリオス。
ソングラインがちょうど中団あたり、その後ろに同じ勝負服のシュネルマイスター。
1番人気のイルーシヴパンサーは行き脚がつかず、後方2頭目からの追走といった態勢。
先頭から最後方まで、ほとんど差がなく一団となって向こう正面を進む18頭。
前半の半マイルが46秒7と、馬場のよさを考えればGⅠとしてはスローなペースになったか。
ぎゅっとなった馬群のまま、3コーナーを回って大欅を過ぎていく。
ダノンザキッドが早くも押し上げて、2番手の位置に。
直線を向いて、ホウオウアマゾンが最内を進み、後続は馬場の良い3分どころより外の進路を取っていく。
番手でカフェファラオ、ファインルージュと併せた形から、ダノンザキッドが抜け出しにかかる。
外からはサリオスとダミアン・レーン騎手が脚を伸ばし、さらにその外からソングライン、その後ろからシュネルマイスターがサリオスの内に進路を確保して追い出しにかかる。さらに大外からはセリフォス。
歴戦のマイラーたちによる、極限の瞬発力勝負。
残り100mを切って、横一線からようやく抜け出したのは、外のソングライン。
内のサリオスを振り切らんと伸びる。
その内から、同じ勝負服のシュネルマイスターも伸びてくる。
しかし、ソングラインと同じ脚色になって、並ぶことなくゴールに流れ込んだ。
ソングラインが、差し切った。
内のシュネルマイスターは僅かにクビ差届かずの2着、さらにアタマ差の3着にサリオス。
クビ、アタマ差の大激戦を制したソングラインが、春のマイル王者に輝いた。
ソングライン、1着。
1年前のNHKマイルカップでは、シュネルマイスターにハナ差屈したが、1年越しに宿願を果たした。
そのNHKマイルカップの、例年に比べてのレベルの高さが証明されたといえる。
3歳牝馬にしてGⅡ富士ステークスを制し、古馬初戦はサウジアラビアでも牡馬相手に重賞を勝つなど、一線級の走りを見せていたが、それが結実した形か。
高い総合力と底力を求められる、府中のマイルGⅠ・安田記念を勝ち切った牝馬は、グレード制導入以降は、わずかに4頭だけ。
ダイイチルビー、ノースフライト、ウオッカ、そしてグランアレグリア。
燦然と輝くそれらの名牝に、ソングラインは名を連ねたことになる。
前走は不利もあり5着に敗れていたため、鞍上の池添騎手の喜びもひとしおだろう。
何より、池添騎手の見事なエスコートで勝ち切った、今日の安田記念だった。
絶妙なポジション取りから、迷いなく外の進路を確保。
内のサリオスと併せながら、脚を出し尽くした。
それにしても、池添騎手のGⅠでの勝負強さには、恐れ入る。
大舞台になればなるほどに、研ぎ澄まされるというか、その才気が発揮されるというか…いずれにせよ、今日も素晴らしい手綱捌きをみせていただいた。
池添騎手が前回GⅠを勝ったのが、2020年安田記念のグランアレグリアだった。
アーモンドアイをねじ伏せた、あのレースが想起される。
また一つ、名勝負の記憶が積み重ねられた。
2022年、安田記念。
1年前の惜敗と同じ舞台で、同じ相手に宿願を果たした、ソングライン。
その勝利は、歴代の名牝の名に連なる走りだった。